斬新で個性的、かつ美しい言葉が並ぶ売野雅勇作品
売野雅勇さんが作詞家として関与した楽曲というと、みなさんはどういった作品を想い起こすだろうか。わたしは稲垣潤一さんの「夏のクラクション」等のシティポップス系、90年ごろの中西圭三さんや矢沢永吉さん、中森明菜さんの初期、チェッカーズ、そして麻生麗二名義の「め組のひと」といった、斬新で個性的、かつ美しい言葉が並ぶ作品が頭に浮かぶ。
公式サイトに記載されている出演者や演奏予定曲目をチェックして、ヒット作品が満載になるだろう、そんなことを考えながらシートに腰を下ろした。
「MIND CIRCUS」とタイトルされていることから、この曲がメイン扱い。ただし、オリジナル歌唱の中谷美紀さんの表示はなかったから、誰がカバーするのか、というのも、気になるところ。
オープニングはさかいゆう。コロナ禍の2020年暮れに配信リリースされた「崇高な果実」
17:00開演。暗いステージ中央に浮かび上がるグランドピアノ。最初にモニターに映し出された名前は、さかいゆうさんだった。曲は「崇高な果実」(2020年)。あかあかと燃える戦火を思わせる真っ赤な照明のもと、グランドピアノに指を叩きつけ、エモーショナルに歌うさかいゆうさん。モニターに打ち出される歌詞は、「え、これが売野雅勇さんの作品なの?」と少々びっくりさせるものであった。
死ぬのはいつでも他人と思ってる
僕らの生き方を問う
虐げられた人がいることに
眼をそらす心を裁くよう
さかいゆう「崇高な果実」2020年
2022年のロシアによるウクライナ侵攻を思わせる、ことばの羅列。「崇高な果実」はコロナ禍の2020年暮れに配信リリースされたシングルだが、売野さんってこういう歌詞も書くんだ、とびっくりしたオープニングであった。
そのびっくりは、さかいさんが手を振ってステージを降りた後にステージに登場した売野雅勇さんご自身が発する言葉によって、あっけなく氷解した。
売野さんは戦争のうたを3曲書いている。1曲はこの日2部のオープニングで披露された山本達彦さんへの「哀しみの外電(テレグラム)」。もう1曲は2016年、売野さん35周年の中野サンプラザで披露された南佳孝さんへの「HOLY LEI」、そしてもう1曲が、さかいゆうさんの「崇高な果実」である。
売野さんは、この日のコンサートの冒頭でこう語った。
――「MIND CIRCUS」というのは、音楽はアクロバット。頭の中でどんなふうに感じてもらえるか。
そして「誰もが祝福されてこの世に生まれてきたことを、このコンサートで感じてもらえたら」と結んだ。
撮影:深野輝美
「MIND CIRCUS」に散りばめられた鋭い言葉の数々
そういえば、「MIND CIRCUS」も、何気ないところで鋭い言葉がちりばめられている。売野さんが大事に育てているユニットである、MAX LUXのお二人の歌唱でこの日は披露された。作曲は2023年3月28日に帰天した、坂本龍一さん。
偽りだらけのこの世界で
愛をまだ信じてる
少年らしさは傷口だけど
君のKNIFE
売野さんがパンフレットに記し、コンサートの最後にも語った座右の銘である「この世界のどこかに不当に虐げられた人がいたら、いつも心を痛めなさい。それが革命家の最も美しい資質です」という言葉。
この言葉は、革命家エルネスト・チェ・ゲバラが子供たちに宛てた最後の手紙に書いたことばそのものであり、このコンサートのポスターやパンフレットといったキービジュアルに登場する少年のイラストは、まさにこの歌詞そのものだ。
ロシア出身のMAX LUXのおふたりが、少したどたどしい日本語で一生懸命歌っているところにも好感を持った。なお、別の場面では、彼女たちは、東京パフォーマンスドールを従えて、「め組のひと」をいなせな法被(はっぴ)から「MIND CIRCUS」のTシャツへの早変わりを含めて、生き生きとした楽しいステージを披露している。
楽曲的な面でのハイライトは、「MIND CIRCUS」をはじめとした、売野雅勇さん×坂本龍一さんが組んだ楽曲たちが強く印象に残った。文字列に独特のエキセントリックなスタイルを持つ売野さんの詞といちばん相性がいいのは、メロディに独特のエキセントリックなスタイルを持つ坂本龍一さんの曲だと、あらためて感じたものだ。
撮影:深野輝美
売野雅勇がジャンルや国籍を問わず育てていた若いシンガーたち
売野雅勇さん×坂本龍一さんによる作品では、この「MIND CIRCUS」の直前に、さかいゆうさんが「砂の果実」を歌唱した。その場面を少し切り取ってみよう。
2部で再度登場したさかいゆうさんは、「売野さんに呼ばれて、ほんのちょっとだけMCします」とステージで朴訥に話し始めた。
「売野雅勇という名前を知らずに、ことばたちにつつまれて育ってきた。売野雅勇という名前を知るきっかけになった曲を歌います」
1997年、ミュージシャンを志す前に好きになったのは坂本龍一さん。ひとりぼっちの弾き語りバージョンでうたいます。
―― 作曲、坂本龍一、作詞、売野雅勇。
そう語った後、やわらかく強い声を持つさかいゆうさんは、ピアノの弾き語りで「砂の果実」を歌い始めた。オリジナルは中谷美紀さん。オリジナルが持つ凛とした品性は、そのままだった。
MAX LUXを育てている、と先に記したが、売野雅勇さんはそれ以外にも若いシンガーたち、美しい歌を謡える人たちをジャンルや国籍を問わず育てているという一面がある。
最初に書いたとおり80年代のアイドルやポップス系のシンガーに書いた作品の印象が強いが、近年は演歌系の若手〜中堅シンガーにも作品を提供している。そのひとりが、望月琉叶さんだ。
売野さんが世に出たきっかけである、中森明菜さんの「少女A」(1982年)は、望月琉叶さんの歌唱により披露された。当時の明菜さんを彷彿とさせる危険な雰囲気の少女感を醸し出し、しっかりと安定した歌を聴かせた。真っ赤な色地に、大きな花柄の振袖と黒い布を組み合わせた、阿修羅男爵を思わせる振袖は「DESIRE」を想起させるビジュアルだった。
この日が誕生日の望月さんは、売野さんが詞を手掛け、浜圭介さんが作曲したオリジナル「ピンクのダイヤモンド」を続けて披露。アップテンポのロック系の楽曲。演歌だけどこぶしがまわらないのが新鮮。モニターに映る「切なし ヤらしい」という歌詞が目についた。売野さんの個性的で巧みな言葉遣いは、演歌でも健在だ。
撮影:深野輝美
演歌界の貴公子、山内惠介が歌う「あなたを愛で奪いたい」
わたしに一番鮮やかな印象を残した歌手は、“演歌界の貴公子” とも言われる山内惠介さん。正直なところぶっ飛んだ。1部ではカラフルなジャケットをまとい、「あなたを愛で奪いたい」を披露。イントロから曲の本編に入る間奏にのせて「みなさまこんにちは、山内惠介です」と自己紹介するところもサービス精神に富んでいて好印象。その歌唱はまごうかたなき演歌だけれども、途中で「ギター土方隆行!」と紹介したり、ノリは完全にポップスのそれだ。
ペンライトを振る観客や “けいちゃーん!” という黄色い声も飛ぶ中、2部では2022年リリースのシングル「誰に愛されても」を歌唱した。声量抜群のうえ、正統派の美声で、わたしの中の “歌が上手いリスト” にまた一人素敵な歌手が加わった。
この日はたくさんの、これまで聴いたことがなかった曲に出会った。麻倉未稀さんの「人生は美しい-Voyagers-」(曲:杉浦哲郎)もそのひとつだ。
人生は生きてく価値がある
人生は美しい命のかがやき
力強いヴォーカルの麻倉未稀さんによって歌われる感動的なこの言葉には、一気に心を掴まれ、涙を流した。
撮影:深野輝美
すべての人の青春を飲み込んでいるような「ジュリアに傷心」
さて、売野さんの代表作品といえばチェッカーズは外せない。ショーのトリはチェッカーズ・ダイジェストともいえる内容だ。ライブ感をそのまま書き起こしてみよう。
藤井フミヤさんと藤井尚之さんが登場し、まずは「星屑のステージ」。
藤井兄弟のファンは一気にヒートアップし、これまで座っていた観客も一気に立ちあがった。フミヤさんは赤のタータンチェック、尚之さんは青×黒のチェックのスーツ。フミヤさんの声の美しさと、踊りの上手さを含めた立ち振る舞い、その華やかさに、一気にクラクラっときてしまった。
続いては、すべての人の青春を飲み込んでいるような「ジュリアに傷心」。
「今日の売野フェスティバル、きょうの曲のセレクトも曲順も全部売野さん。売野さんが詞を書いてくれてなければナオユキも俺もここにいない。本編最後の曲です。38曲みんながんばりました。みなさんと売野さんに捧げます」
フミヤさんはこう言って、「Song for U.S.A」を歌い始めた。
このコンサートはモニターの映し方、角度が素晴らしく、フミヤさんとナオユキさんがいちばんきれいに見える角度で映してくれたのがとても嬉しい。
それにしても、売野さんの歌詞ってなんてロマンチックなんだろう。
撮影:深野輝美歌が終わり、モニターでMIND CIRCUS BANDの紹介がはじまった。
Perc. 三沢またろう
Ds. 長谷部徹
Bs. 川崎哲平
Key. 岸田勇気(上手側)
Key. 安部潤(下手側)
Sax. グスターボ・アナクレート
Gt. 土方隆行
Gt. 増崎孝司
Cho. 高尾直樹
Cho. TIGER
素晴らしいバンド。アンコールの拍手は続く。
で、もう1曲。再び藤井フミヤさん、藤井尚之さんが登場。曲は「涙のリクエスト」。
思わず腕を振って踊ってしまう。この胸のときめきは、ここにいる誰にとっても永遠ではないかしら。ここにいるみんな、祝福されてこの世に生まれてきた、という売野さんの言葉を実感している。
芹澤廣明にとっても「運命の男」だった売野雅勇
エンディングはフミヤさんがステージを進めていく。出演者全員がステージに揃い、音楽監督の船山基紀さんからは「タイムマシンのようにあの頃に戻れましたね、とっても嬉しく思っています」というお言葉。その後売野さんがステージに上がり、「お二人が組んで、仕事もするし呑みもする、本当に先生」とフミヤさんがゲストの芹澤廣明さんを紹介。大きな黄色い花束を持った芹澤さんが、売野さんに花束を手渡すシーンには、見ているこちらも心が震えた。
売野さんは芹澤さんを「運命の男」と評し、芹澤さんと出会わなければ「少女A」はなかった。チェッカーズは大スターになっていたかもしれないけど、「涙のリクエスト」も、「ジュリアに傷心」もない、とやや興奮気味に語った。また、芹澤さんは、「きょうはすごくあなたの才能を感じた。天才。」と。
最後に、売野さんは、「今日の出演者の歌声が素晴らしくて、何度も泣きそうになった」そして「この曲をみんなで最後に歌いましょう」という言葉を残し、「2億4千万の瞳〜エキゾチック・ジャパン〜」のイントロが響き渡る。
楽しそうに歌い、舞台ではしゃぐ出演者たち。芹澤さんがステージ後ろで穏やかに微笑んでいる。最後は売野さんが華麗にジャンプして決め、4時間のしあわせな宴は幕を閉じた。
そこにいる誰もが、老若男女問わず楽しめる、感情を揺さぶる素晴らしいコンサートだった。音源に忠実な演奏と、美しいビジュアルは、スタイルのある詞を紡ぐ売野雅勇さんそのものを表現しているようだ。根底に流れる品性、そして生きていることのすばらしさを実感できる歌につつまれて、いま、この時代に、表面的には平和な日本という国で暮らせていることの幸せをかみしめながら、わたしは家路についた。
■ セットリスト
2023年7月15日(土)
東京国際フォーラム ホールA
崇高な果実 / さかいゆう
Baby don’t cry (神様に触れる唇) / Beverly
思い出のビーチクラブ / 稲垣潤一
Rainbow Planet / 杉山清貴
夏の愛人 / 山本達彦
WOMAN / 中西圭三
六本木純情派 / 荻野目洋子
Take Me To Fujiyama / MAX LUX
ダイヤモンドは傷つかない / 東京パフォーマンスドール
キスは少年を浪費する / 東京パフォーマンスドール
少女A / 望月琉叶 ※オリジナル:中森明菜
ピンクのダイヤモンド / 望月琉叶
夢を継ぐ人 / 近藤房之助
水の星へ愛をこめて / 森口博子
あなたを愛で奪いたい / 山内惠介
ヒーロー~HOLDING OUT FOR A HERO / 麻倉未稀
想い出のクリフサイド・ホテル / 中村雅俊
め組のひと / MAX LUXwith東京パフォーマンスドール ※オリジナル:ラッツ&スター
Somebody’s Nigh / 横山剣 ※オリジナル:矢沢永吉
夏のクラクション / 稲垣潤一
哀しみの外電(テレグラム)/ 山本達彦
246プラネット・ガールズ / 荻野目洋子
湾岸太陽族 / 荻野目洋子
デビュー ~Fly Me To Love / 中島愛 ※オリジナル:河合奈保子
サイレント・ヴォイス / 森口博子 ※オリジナル:ひろえ純
摩天楼ブルース / 近藤房之助 ※オリジナル:東京JAP
誰に愛されても / 山内惠介
人生は美しい -Voyagers- / 麻倉未稀
砂の果実 / さかいゆう ※オリジナル:中谷美紀
MIND CIRCUS / MAX LUX ※オリジナル:中谷美紀
Ticket To Paradise / 中西圭三
めぐりあい / Beverly ※オリジナル:井上大輔
P.S.抱きしめたい / 稲垣潤一
家路 / 中村雅俊
最後のHOLY NIGHT / 杉山清貴
PURE GOLD / 横山剣 ※オリジナル:矢沢永吉
星屑のステージ / 藤井フミヤ & 藤井尚之
ジュリアに傷心 / 藤井フミヤ & 藤井尚之
Song for U.S.A. / 藤井フミヤ & 藤井尚之
涙のリクエスト / 藤井フミヤ & 藤井尚之
※上記4曲のオリジナル:チェッカーズ
2億4千万の瞳 ※オリジナル:郷ひろみ
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2023.08.05