独身はアラフォー・アラフィフの生き方の選択肢に
最近、日々を過ごす中で感じることのひとつが、自分のまわりの同世代に “素敵な独身” の方々が増えたなあ、ということだ。自分らしく魅力的に活動している独身さんがとても多いのだ。これは特に女性に多い印象がある。今の時代にこういった男性目線はいささか不適切かもしれないが “えっ!?なんでこんなに見目麗しい御方がまだ独身?” と驚いてしまうことも少なくない。そんな彼女たちに対しては、よほど理想が高いのか? はたまた過去の大失恋によって心の闇を抱えているのか? といった下衆な勘繰りをしてしまうが、まあ余計なお世話だろう。
いずれにせよ、2026年現在、独身はアラフォー・アラフィフ世代の生きる選択肢のひとつとして、すっかり市民権を得ている。一方で、未婚化は少子化とも無関係ではなく、日本社会が抱える大きな課題につながっているのは皮肉なことだ。
“おひとりさま” という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは2005年。もう20年以上も前のことだ。ところが、そこからさらに遡った1988年に、素敵な独身の時代を予感させるような曲が世に出ていた。今回はその曲を紹介したい。今井美樹の「9月半島」という曲である。
観音崎の空と海を映し出す、今井美樹「9月半島」
この「9月半島」は、1988年6月21日に発売されたサードアルバム『Bewith』の10曲目に収録されている。この曲では、彼氏との別れを経たひとりの女性が、そのモヤモヤを清算するかのようにひとりで海を見にきた情景が、岩里祐穂の歌詞によって描かれている。
レコーディングが行われたのは、今はなき観音崎マリンスタジオだ(現在はホテルの結婚式場のチャペルになっている)。実は、筆者の地元なので時々このあたりを訪れるのだが、東向きの海岸なので午後になると水面の青さが増してくる。当時、スタジオの大きな窓から見える空と海は、歌い手の精神面にも変化を与えた模様で、「♪ 果てしない青さを 海まで追いかけたくて」というゆったりした歌い出しは、まるで今井美樹自身が観音崎の空と海に同化しているようだ。続く「♪ 光のモスリンが 柔らかな風を編んで」という、岩里祐穂らしい比喩表現も、ベルベットのようなボーカルと相まって、曲全体にナチュラルで上質な肌触りを与えている。
アルバム「Bewith」で描かれた、恋愛における “自由”
アルバム『Bewith』は夏と海を背景に描かれた作品だが、全編を通じてキーワードとなっているのが「自由」という言葉だ。「9月半島」の歌い出しを紹介したところで申し訳ないが、時間軸をアルバムの先頭に戻してみよう。彼女と彼の夏は1曲目の「夏をかさねて」から始まる。オーガニックで清涼感あるイントロが、初夏の柔らかな波打ち際を想起させる。
音のない昼下がり 泳ぐように
あなたの海 自由に遊んでいてね
そして2曲目「セカンドエンゲージ」で今井美樹が観音崎の空と海に向けて放ったこの一節は象徴的だ。
空に銀のセスナ離れてよりそう
あなたとあんなふうに生きるの
これらの歌詞からは、恋愛はどちらか一方の犠牲の上に成り立つものではなく、お互いの自由を尊重し、分かち合うものだという信念が感じられる。そこには、旧態依然とした男女関係から距離を置こうとする女性の意思も読み取れる。
しかし、9曲目「黄色いTV」で、理想形とも思えた2人の関係は、波が引くように静かに消えていってしまい、そして10曲目の「9月半島」へとつづく。実はこの曲、詞を書いた岩里祐穂によると 《黄色いTVの登場人物の3か月後》というオーダーを受けて作詞されたという。
失恋は不幸とは限らない、1988年には新しかった女性の選択
「9月半島」で注目したいのは、ズバリ、最後の部分の歌詞だ。
沖に遊ぶ鳥のように
自由でいたい
ああ 傷つけあうよりも
今 一人をえらんだの
ひとりになった主人公が、夏の終わりの空と海の中で導いた終着点は、やはり自由だった。しかしそれはひとりの自由。今風な言い回しで言えば、“がんばらない生きかた” とでもいうニュアンスだ。こうしたニュアンスの失恋ソングは、当時としては新鮮だった。それまでの失恋ソングには、失恋を自分にとって不本意な出来事として、悲劇のヒロインを描いたり、逆に自分を鼓舞したりするものも多かった。だが、この「9月半島」では、失恋自体が私にとって不本意な出来事ではない、という価値観の転換が起きているのだ。
1988年というと、テレビでは高田純次の “5時から男” のギラギラしたCMが流れていた時期。しかし「9月半島」の今井美樹は、それとは真逆の自然体だ。そんな、自然体で肩の力の抜けた失恋ソングが、多くの同性の共感を呼び、恋に破れた女性たちに、私はこれでいいという自己肯定感を与えたとしたら興味深い。当時、この曲に心を重ねた女性の中には、人生の或る段階でこの曲の主人公のようにひとりを選び、その後いろいろな道のりを経て、約40年後の今、本当の自由を獲得したという人もいるかもしれない。それであれば、僕の周りに素敵な独身女性が増えたのも頷けるというものだ。
今井美樹自身、この「9月半島」は大変お気に入りの1曲のようで、本当はこの曲をアルバムのラストに据えたかったらしい。もし「9月半島」がラストを飾っていたなら、夏と海を背景に恋と自由を描いてきた『Bewith』は、最後にひとりを選んだ女性の姿を残して幕を閉じることになる。そう考えると、『Bewith』は恋と夏、そして自由と孤独を描いた、見事なトータルアルバムだったのだ。
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2026.09.18