9月5日

実力たるやおそるべし!研ナオコのさりげなく高度な歌唱パフォーマンス

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研ナオコの魅力、アンニュイな雰囲気で軽くサラッと流す感じ…


7月7日、つまり七夕生まれの歌手にはどんな人がいるのか調べてみたら、古くは「イヨマンテの夜」の伊藤久男(1910年)から、「悲しい色やね」の上田正樹(1949年)、「パステル ラヴ」の金井夕子(1958年)、「Everything」のMISIA(1978年)と、何故か熱唱型シンガーが顔を並べている。代表作がブルースやバラード調だったりすることの印象もあるかもしれない。

そんな中、やはり七夕生まれの研ナオコは1953年生まれ。彼女の歌唱スタイルは決して歌い込み系ではなく、アンニュイな雰囲気で軽くサラッと流す感じ。それがまた魅力なのである。

1970年、歌手を目指して上京、東宝レコードからデビュー


子供の頃から歌うことが好きで、地元である静岡の「のど自慢大会」で入賞を重ねた後、1970年に歌手を目指して上京。日比谷の東宝直営の映画館で働いていたのが縁となり、発足間もない東宝レコードから1971年4月にデビューすることになる。

最初のレコード「大都会のやさぐれ女」は、当時大人気だった藤圭子の影響が少なからずあっただろう。74年までの東宝レコード時代にはシングルを8枚リリースしており、「京都の女の子」や「うわさの男」(いずれも阿久悠×森田公一コンビの作)といったスマッシュヒットも生まれたが、この時代はノヴェルティタイプの曲が多く、まだ真の実力を発揮出来ずにいたとおぼしい。しかし佳曲揃いであったことはたしか。東宝レコード時代の研ナオコの歌を評価する声は高い。

キャニオン移籍第1弾「愚図」で初のベストテン入り


女優としても、テレビドラマ『時間ですよ』や映画『にっぽん美女物語』など、個性的なルックスを武器にコメディエンヌとしての人気を得ていたものの、歌手としての評価が定まるのは1975年にキャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)へ移籍してから。

阿木燿子×宇崎竜童コンビが手がけた移籍第1弾「愚図」で初のベストテン入りを果たし、翌1976年には中島みゆきが初めて研に提供した「LA-LA-LA」と「あばよ」が連続ヒットとなる。この2曲、当初は発売順が逆になる予定であったという。「あばよ」はオリコン1位を獲得して自身の最大ヒットとなったわけで、画策は成功したといえる。

中島みゆきと相性抜群!「かもめはかもめ」「窓ガラス」…


その後も1978年の「かもめはかもめ」「窓ガラス」など中島みゆきとの相性は抜群で、同年には『NAOKO VS MIYUKI (研ナオコ、中島みゆきを唄う)』というアルバムも出している。桜田淳子がヒットさせた「しあわせ芝居」や加藤登紀子の「この空を飛べたら」のカヴァーもすっかり自分のものにしているのはさすがである。

1975年のキャニオンでの最初のアルバムでも「シクラメンのかほり」や「時の過ぎゆくままに」の好カヴァーを聴かせており、他人の歌でつまびらかにされる歌唱力は既に実証済み。桜田淳子、柏原芳恵、工藤静香ら、みゆき節のレパートリーに定評のある女性シンガーは多いが、研ナオコはその先駆者だった。

第一線のシンガーソングライターが続々と楽曲提供


さて、ここでようやく本題の1980年代に辿り着く。新しい時代の最初のシングルは、荒木一郎作詞・作曲による「くちぐせ」となった。そして以降の作家陣の顔ぶれがすごい。

■ 別離の黄昏 作詞・作曲:甲斐よしひろ(1981年)
■ 夏をあきらめて 作詞・作曲:桑田佳祐(1982年)
■ 泣かせて 作詞・作曲:小椋佳(1983年)
■ 六本木レイン 作曲:吉田拓郎(1985年)
■ 帰愁 作詞・作曲:松任谷由実(1985年)

といった具合に、第一線で活躍していたシンガーソングライターたちの提供楽曲を自在に歌いこなしているのだ。他にも伊勢正三、福島邦子、南佳孝、来生たかお、佐藤隆と実に多彩な作家陣。しかもどの作品も見事なまでにナオコ節に昇華させて歌謡曲の醍醐味を味わわせてくれる。

筒美京平の「夏ざかりほの字組」「愛、どうじゃ。恋、どうじゃ。」


1980年代の歌謡曲を思いっきり浴びたザ・ベストテン世代にとっては、職業作曲家のレジェンド、筒美京平が供した楽曲も見逃せない。ひとつは田原俊彦とのデュエット(Toshi&Naoko名義)で話題となった「夏ざかりほの字組」で、阿久悠の作詞による1985年夏のヒット。企画者の頭には、かつての郷ひろみと樹木希林のコンビがよぎったに違いないが、プロ歌手である研の歌のおかげで完成度の高い作品となった。

もうひとつはその2年前、コーセー化粧品1983年秋のキャンペーンソングに起用された「愛、どうじゃ。恋、どうじゃ。」。大きなヒットにこそ至らなかったが、研への初起用だった森雪之丞の作詞と大村雅朗のアレンジを得たことも大きい。なんともいえない浮遊感が漂い、一度聴いたら忘れられない、妙にクセになる曲なのだ。

筒美京平の曲提供は、この時が初めてではなく、1972年のサードシングル「二人で見る夢」以来11年ぶりのことだった。この後「夏ざかりほの字組」に繋がったことを鑑みても重要な一曲。森雪之丞らしい独特な言語センスによる “どうじゃ” というフレーズが不思議と研ナオコのキャラに合っていた。

さりげない高度なパフォーマンス、研ナオコの実力おそるべし!


筒美作品以外にも、1986年には阿木×宇崎コンビの作(こちらも10年ぶり)によるアップテンポでノリのいい「Tokyo見返り美人」、バブル直前の1987年には秋元康×鈴木キサブロー作の都会調アーバン歌謡「雨の日の映画館」といった佳曲が連なる。

『カックラキン大放送』でナオコお婆ちゃんを演じる一方でこんな洒落た歌を歌っていたなんて。常に力が入り過ぎない歌唱で、さりげなく高度なパフォーマンスを魅せる歌手・研ナオコの実力たるやおそるべし!

2020.07.07
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カタリベ
1965年生まれ
鈴木啓之
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