連載【ディスカバー日本映画・昭和の隠れた名作を再発見】vol.13 -「病院坂の首縊りの家」
金田一耕助シリーズ最終作「病院坂の首縊りの家」
“くびくくり!” なんとも強烈なタイトルだ。怖い映画に違いない。怖いけど、観たい!しかも東宝製作、石坂浩二主演による “金田一耕助シリーズ” 最終作だ。当時中学に入ったばかりの筆者には、《縊》という字はフリガナがなければ読めない漢字だったことは置いておくとして、ともかくタイトルのインパクトは映画館に足を運ばせるに十分だった。
1970年代後半、名探偵・金田一耕助を主人公にした横溝正史の小説が次々と映像化され、大ブームを巻き起こしたのは、以前の
『八つ墓村』のコラムで記したとおり。このブームをけん引したのが、市川崑監督による東宝版のシリーズ。『犬神家の一族』に始まり、『悪魔の手毬唄』『獄門島』『女王蜂』と次々にヒットを飛ばし、シリーズ5本目、完結編として製作されたのが『病院坂の首縊りの家』だ。ちなみに、2006年には東宝配給、石坂主演で『犬神家の一族』がリメイクされ、市川監督の長編の遺作となったが、本稿ではシリーズとは別物として扱う。
とにもかくにも、おどろおどろしい東宝のシリーズ
東宝シリーズの何が凄かったかって、惨殺死体の描写がグロかったことだ。『犬神家の一族』の菊人形の上の生首や、『獄門島』での釣り鐘による死体の首チョンパなどなど、ギョッとするしかない場面が必ずある。また、これに彩られて展開する地方の旧家の呪われたかのような宿命のドラマも衝撃的だった。とにもかくにも、おどろおどろしいのだ。
で、『病院坂の首縊りの家』だ。当時、角川文庫から出ていた原作は上下巻に分かれていたと思うが、映画が待ちきれずに一気に読んだ。映画の見せ場は、ここらへんだろうか? などと想像しつつ読むのが楽しいお年頃。犯人を知ってしまったのは少々残念だったが、小説と映画は別物だ… と自分に言い聞かせる。当時、秋田に住んでいた筆者には同郷の桜田淳子が出演していたことも、ちょっと嬉しい。とりあえず、予習を済ませて映画館に足を運んだ。
これまでの金田一シリーズとは明らかに違っていた
しかし、である。映画が始まるや、シリーズ前4作とは少々雰囲気が異なることに気づく。前作まではタイトルの出方やクレジットの表示がスタイリッシュで、そこに哀切でドラマチックなスコアが重なり、ミステリーの始まりをエレガントに彩っていた。ところが、本作のオープニング・クレジットにはそれがまったくない。ジャズバンドの演奏シーンをバックにスタッフ&キャスト名が並び、タイトルの出方も素っ気ない。タイトルが出なかったら、“違う映画を観てるのかな?” と思ってしまうところだ。
幸い、このオープニングクレジットの前に、石坂金田一が登場し、旧知の推理作家(演じるは原作者の横溝正史)と会話しているシーンが入るから、間違っていないことは確実。しかし軽快なジャズの響きから始まるのは、これまでの石坂金田一シリーズとは明らかに違っていた。
序盤で “生首風鈴” のシーンが出るのは想像通りだが、天井の薄暗い隅に生首がぶら下がっている場面は、やはり衝撃的だった。これこそ本シリーズの醍醐味! しかし、しばらく観進めると、また違和感を覚えずにいられなくなった。それは、やたらとユーモラスなシーンが多いこと。当時の人気俳優だった草刈正雄ふんする写真館勤務の青年はズッコケシーンがあるし、その台詞も早口で、金田一とのやりとりにはジョークがまじっている。レギュラー出演者である加藤武が演じたダメ警部のお約束のセリフ「よぉし、わかった!」は安定のギャグとしても、おどろおどろしいはずの映画にしてはチョイチョイ笑える。
もっとも驚いたのは、原作とは犯人が異なることだ。しかも、原作では金田一が事件を解決するまでに20年かかったという設定だったが、ここではその年のうちに解決している。そんなこんなで、あっけない映画だったなあというのが第一印象。もっと言えば、シリーズでいちばん面白くなかったなあ… と、当時の中学生は思った。
金田一シリーズで描かれる男権社会での女性の苦境
その後、大人になり、金田一シリーズ以前の市川崑監督の旧作にふれて、その世界観にハマッた。代表作のひとつである『黒い十人の女』もそうだが、多くは昭和の男権社会に置かれていた女性たちにスポットを当てている。そういう視点で改めて『病院坂の首縊りの家』を観直して、なるほどと思った。犯人を女性に変更し、時代を戦後の封建的な社会に絞ったのは、女性受難の時代の強調だ。思い返せば、この金田一シリーズは第一作の『犬神家の一族』から、男権社会での女性の苦境がとらえられていた。そういう意味では、最後の『病院坂の首縊りの家』まで一貫性があったのだ。
この原稿を書くにあたり改めて観直したが、“#MeToo運動” 以降の今でも、このテーマは有効であり、むしろ今観た方がよいのではないかとさえ感じた。機会があれば、ぜひ観ていただきたい。なに? 怖い映画は苦手!? ご安心を。40数年前には怖いと思った惨殺シーンの特撮も、デジタルによる視覚効果が当たり前の今の目には古びているので、むしろ笑ってしまうかもいれないから。
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2025.10.20