4月4日

80年代洋楽メタルブームを加速させた「ベストヒットUSA」の功績!

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photo:BS朝日  

地方の洋楽メタルファンの渇望感 “動く”洋楽アーティストが観たい!


スマホの動画サイトから、瞬時に洋楽アーティストのさまざまな動画にアクセスできるのが、いつの間にか当たり前の日常になった。海外で行われるライヴ配信を、リアルタイムで共有できることさえ、今や何の驚きも感じない。けれども、今から40年前をふと思い返すと、80年代初頭に洋楽アーティストの動く姿を見るのは至難だった。ましてやHM/HR系のアーティストであれば尚更のことだ。

当時、地方在住で洋楽のHM/HRにのめり込んでいた僕にとって、洋楽の情報源といえば、音楽雑誌とFM、AMのラジオ番組くらいだった。テレビ番組で思い浮かぶものは、NHKの『ヤング・ミュージック・ショー』くらいしかない。おそらく初めてブラウン管を通じて、“動く” 洋楽アーティストを観たのは、この番組だろう。1983年頃には家のリビングに、真新しい巨大なVHSのビデオデッキがすでに鎮座していたので、ジャーニーやTOTOなどの日本公演の放送日には、正座をして(笑)、ビデオデッキの録画ボタンを失敗しないように、恐る恐る押したものだ。

ほかでは、映画館のようなホールで、ビデオコンサートと銘打った形式のイベントが、稀に開催されたのを覚えている。とある音楽評論家が司会を務め、トークを交えながら大スクリーンに映ったミュージックビデオ(以下、MV)や、ライヴ映像を観ていくという内容だった。今考えると何だか笑ってしまうけど、当時はそんな程度のイベントでさえ、地方の洋楽好きにとっては貴重過ぎる機会になった。

来日アーティストのライヴもあるにはあったが、九州まで上陸するアーティストは年間で数えるほど少ない上に、直接観る機会になかなか恵まれないのが実情だった。

「ベストヒットUSA」が教えてくれた有名洋楽メタルのMV


そんな状況の中で、九州でもネットされて始まった『ベストヒットUSA』が、洋楽アーティストの動く姿だけを拝める、どれだけ革命的な番組だったのかは言うまでもないことだろう。僕自身、番組をいつから見始めたのか記憶が曖昧だけど「こんなスゴイ番組があるなんて!」と、番組の存在を知った時の興奮は、今でも忘れられない。

余談だが、僕がレコード会社のディレクターの頃、ちょうどBS朝日で『ベストヒットUSA』が復活し、担当していたTOTOの来日時にインタビュー取材を設ける機会があった。お馴染みのタイトルロゴのネオンサインも健在で、えも言えぬ懐かしさと緊張を覚えた記憶がある。

話を当時に戻すと、いつも放送時間が近づくと、テーマ曲のヴェイパー・トレイルズ「サーフ・サイド・フリーウェイ(Don't Worry Baby)」が流れ始めるのに合わせて、VHSのビデオデッキの録画ボタンをタイミングよく押すのが、毎回楽しみになっていった。

80年代のHM/HR系アーティストの有名MVは、全て『ベストヒットUSA』を通じ初めて観た、と言っていいだろう。オジーによる狼男への変身姿に驚愕しジェイク・E・リーの存在を認識した、オジー・オズボーン「月に吠える(Bark at the Moon)」。全米でいつの間かビッグネームになった勇姿を見せつけられた、デフ・レパード「フォトグラフ」。ついに明かされた仮面の下の素顔をドキドキしながら確認した、キッス「地獄の回想(Lick It Up)」。華やかなLAメタルムーブメントの勢いをこの目で感じた、ラット「ラウンド・アンド・ラウンド」……と、パッと思い浮かぶだけで枚挙にいとまがない。VJ小林克也さんの軽妙な曲紹介で刷り込まれたMVの記憶は、とりわけ鮮明だ。

有名どころばかりでなく、トライアンフ、ヒューズ / スロールをはじめ、日本でのセールスがお世辞にも芳しいとは言えなかったバンドや楽曲のMVも、オンエアしてくれたのが嬉しかった。唯一不満だったのは、大体ギターソロ終わりくらいでフェイドアウトされてしまい、フル尺で流れなかったことぐらいだろう。

来日アーティストもスタジオに登場、80sメタルを多角的に伝えた番組構成


MVだけでなく、ライヴ映像も当時としては貴重で、必見のものが多く放送された。絶頂期のジューダス・プリーストが、全米マーケットを席巻していく様を記録したライヴ映像などは、録画したテープを擦り切れるほど何度も繰り返して見たものだ。

ポイズンのアメリカツアー中のライヴ映像は、ド派手なパイロが炸裂しまくりで実にかっこよく目に映った。その直後に行われた来日公演には、番組内での映像に影響されて思わず当日券を買って行ってしまった。けれども、映像とはライヴの印象が異なり、ちょっとガッカリした苦い思い出がある。

「スター・オブ・ザ・ウィーク」のコーナーでは、デフ・レパードをはじめ、来日したHM/HR系のアーティスト達もスタジオに登場した。彼等のオフステージでの動く姿を知ったのも、ある意味初めてだった。東名阪でしか公演を行わないアーティストが多く見られたのは、地方の洋楽HM/HRファンにとって貴重な時間だった。

ヴァン・ヘイレンを日本に広めたインフルエンサー、小林克也


1983年に開催された『USフェスティヴァル』が、日本の地上波テレビ番組で全国に向けて放映されたことは、80sメタルブームが広がっていく上で、エポックメイキングのひとつとなった。『ベストヒットUSA』自体での放送ではなかったが、同じテレビ朝日系列で、小林克也さんのVJで放映されたこともあり、それは『ベストヒットUSA』の拡大版とも言える内容だった。

この伝説のフェス2日目のヘヴィメタルデイのトリに登場し、番組内でもフィーチャーされたのが、ヴァン・ヘイレンだ。改めて考えてみると、「ジャンプ」「ホット・フォー・ティーチャー」「パナマ」といった、HM/HRファンのみならず、洋楽ファンなら一度は目にしたであろう、有名MVを初めて観たのも『ベストヒットUSA』を通じてだ。

サミー・ヘイガー加入後の現地取材の映像は、ヴァン・ヘイレンのオフステージでの素顔を、初めて垣間見ることができた。流暢な英語を話す小林克也さんだからこそ実現した、貴重な直撃インタビューと言えるだろう。

ヴァン・ヘイレン自体が、どの作品も全米チャート上位にランクインされるアーティストだった事実もあるけれど、その動向を常にリアルタイムで日本に紹介してくれた小林克也さんは、ヴァン・ヘイレンの魅力を日本中に広めた、最大のインフルエンサーではないだろうか。昨年のエディ・ヴァン・ヘイレンの死去に際して、番組内で追悼特集が放送されたが、その内容や追悼コメントのひとつひとつに、重みを感じずにはいられなかった。

紹介基準は全米ヒットチャート、肌身で感じたHM/HRのメインストリーム


番組での紹介基準は、あくまでもラジオ&レコーズやビルボードを基にした全米ヒットチャートが中心。そのおかげで、何かと色眼鏡で見られがちだったHM/HR系のアーティストも、分け隔てなく紹介してくれたし、いかに80sのHM/HRがメインストリームの存在で、全米マーケットを席巻しているのかを、肌身を持って感じ取ることができた。

後年に小林克也さんが、『ベストヒットUSA』では自分の好きな曲がほとんどかからなかったと、述懐しているのは興味深い。翻って言えば、音楽評論家のように自らの音楽的な嗜好でフィルターをかけることなく、全米で注目されている多様な音楽を、ニュートラルな視点でわかりやすく紹介し続けてくれた証でもあろう。

それは、映像を通じて視聴者である洋楽ファンに、さまざまなジャンルの洋楽に触れる機会と楽しさを与えることに繋がっていったのだ。振り返れば振り返るほど『ベストヒットUSA』が、リマインダー世代の音楽ファンにもたらしてくれた恩恵は計り知れない。



2021.04.11
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カタリベ
1968年生まれ
中塚一晶
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