映画の挿入歌は恐ろしい。
映画といえばまずは主題歌だ。『ブレードランナー』や『炎のランナー』といえばヴァンゲリス、『戦場のメリークリスマス』なら坂本龍一。映画の題名をそのまま曲名にした主題歌は、サビ一つでその作品が眼の前に現れる。逆もまたしかり。ケヴィン・ベーコンの軽妙なフットワークを観れば、ケニー・ロギンスの「フットルース」が聞こえてくる。
主題歌の威力は絶大だ。けれど僕がよく聴くのはむしろ挿入歌。映画を見ていると、ここぞという場面で旧知の曲が流れてきてはっとする。いや知っている曲が流れてくるから、その場面に興味が湧く。
挿入歌が強烈に映像と結びついて、映画全体が記憶に蘇る。レオス・カラックス監督の『汚れた血』ではデヴィッド・ボウイの「モダン・ラブ」。曲に合わせてドニ・ラヴァンが疾走する。走る姿がフレームからはみ出そうになるから、観ている方が手に汗握る。不安定な構図に叶わぬ恋の焦燥感が滲み出る。
最近、カナダの俳優 / 監督グザビエ・ドランによる『トム・アット・ザ・ファーム』を観た。アメリカに対するカナダのアンヴィヴァレントな立ち位置を寓意的に描いた傑作だ。
主人公のトムは元恋人(男性)の葬儀で、彼の母親を訪ねて来る。その家で元恋人の兄から脅され、一家の農場に軟禁状態となる。逃げようと思えば逃げられるのに、時に兄の優しさにほだされ農場を出られない。
或る晩、兄に冷たくされたトムは、バーでかつての兄について聞く。9年前、そのバーで兄は弟を侮辱した男の口に両手を突っ込み、アゴから首筋まで口を裂いたらしい。
この場面で流れるのが、80年代の全米チャートで7位まで上がったカナダの男性歌手コリー・ハートの「サングラス・アット・ナイト」。1983年に発売されたファーストアルバム『ファースト・オフェンス』からのこのシングル。
コリー・ハートは、その後も「ネバー・サレンダー」やエルヴィスのカバー「好きにならずにいられない」などが大ヒットした実力派だ。
全編「カナダ・フランス語」の映画で、突然鳴り響くコリー・ハートのヒステリックな叫びは、語られている兄の過去と同じくらい衝撃的だ。コリーの「カナダ・英語」が、兄から暴力を振るわれて傷だらけのトムの顔と結びつく。「サングラス・アット・ナイト」はドランの映像にスティグマ(聖痕)を刻みこむ。もはやこの曲抜きにドランの映画を想い浮かべるのは難しい。
と、ここまでは80年代のヒット曲をめぐるお話だが、『トム・アット・ザ・ファーム』のエンディングでは、2007年に発売されたルーファス・ウェインライトの5作目のアルバムから「ゴーイング・トゥ・ア・タウン」が流れる。
アメリカ出身のゲイを自認したマイノリティが「アメリカにはもううんざりだ」と歌うこの曲が、映画のラスト、トムが(アメリカの国旗をプリントした服の)兄を逃れ、車で夜のネオン街を走り抜ける場面に挟み込まれる。
アメリカの暴力を聞く場面で挿入されたコリー・ハートによる「カナダ・英語」の叫び声、強大な支配(アメリカ)から逃れたカナダ人トムの映像の背後に流れる、アメリカを拒否するウェインライトの歌。どちらも、アメリカとカナダ、支配と従属、マジョリティーとマイノリティという図式が幾重にも重ねられてできた映像と音楽だ。
だから挿入歌は怖いのだ。またしても一つスティグマが増えてしまった。
2017.09.28
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