2018年11月に劇場公開された大ヒット映画『ボヘミアン・ラプソディ』による第3次クイーンブームの余韻が、年越しして続いている。クイーンが残した素晴らしい音楽が世代を超えて共有される機会が、何度も訪れるのは嬉しいことだ。 僕が初めてクイーンを聴いたのは78年のシングル「バイシクル・レース」だった。まだ小4だったので少々コミカルな曲調が子供心に楽しく、洋楽ロックに傾倒するきっかけを与えてくれた。収録アルバム『ジャズ』はレコード盤のラベル廻りに自転車のイラストが描かれており、ターンテーブルが回るとそれが走って見える遊び心もユニークだった。 次作『ザ・ゲーム』の「地獄へ道づれ(Another One Bites the Dust)」で示した方向性に予兆はあったが、クイーン史上最大の問題作となったのが82年の『ホット・スペース』だ。先行シングル「ボディ・ランゲージ」で呈示された無機質な打ち込み中心のサウンドアプローチには唖然とさせられた。他にもホーンセクションを導入したファンキーな「ステイング・パワー」、のちに田原俊彦の「シャワーな気分」にネタを提供したダンサンブルな「バック・チャット」等、アルバムA面での大胆な変貌ぶりが目立った。 B面に入るとハードなギターが炸裂する「プット・アウト・ザ・ファイア」を始めとした従来のテイストも漂うが、トータルでは長年のクイーンファンを落胆させる作品になってしまった。 リリース後に『ホット・スペース』に伴う5回目のジャパンツアーが発表され、中2だった僕にもライヴを観る機会が遂に巡ってきた。けれども、あの新作から何曲もプレイするに違いない、そうするといったいどんなライヴになってしまうのか? 初めて観られる喜びと同時にそんな心配が頭をよぎった。 会場はツアーのスタート地である福岡・九電記念体育館。残念なことに老朽化で2019年3月末をもって閉館が決まっているが、当時から多くの有名洋楽アーティストがライヴを行なってきた会場だ。来福時には日本贔屓の彼らが博多人形を買うほどのお気に入りの地だったからかもしれないが、福岡だけ2日間の公演で僕が行ったのは2日目だった。 ライヴが始まり、カラフルな照明を正方形に無数に並べたお馴染みのライティングセットがまず僕の視界を捉えた。白地のタイトなスパッツ姿で所狭しと動き観客を完全に掌握するフレディ・マーキュリー。ハンドメイドギターを持ったいつもの立ち姿が決まったブライアン・メイ。階段状のドラムライザーの定位置で黙々と多彩なベースラインを奏でるジョン・ディーコン。ブロンドの貴公子のような風貌でロックンローラーの一面も見せるロジャー・テイラー。 ―― その全てが音楽誌のグラビアから飛び出てきたようで、「目の前に本物のクイーンがいる!」という不思議な悦びが沸き上がってきた。 中盤では『ホット・スペース』から「ボディ・ランゲージ」が演奏されたが、ライヴの流れの中では思ったほど違和感はなかった。記憶が曖昧だが、セットリストのサイトによると西武球場では演奏していない「バック・チャット」も披露したようだ。勿論、定番の「ボヘミアン・ラプソディ」や「伝説のチャンピオン(We Are the Champions)」等も聴けたことで、僕の初にして唯一となったクイーンのライヴ体験は、事前の心配とは裏腹に大満足なものとなった。 クイーンがスタジオワーク巧者なだけでなく、生粋のライヴバンドであることを肌身で実感できたのは大きかった。ライヴで披露されたバリエーション豊かなクイーンならではの楽曲の数々は、どれもエネルギーに満ち溢れたライヴバージョンとして生まれ変わっていた。それらは僕にロックの多様性とその魅力を改めて教えてくれたのだ。 このライヴから10年後の92年冬、僕は友人と初めてイギリス・ロンドンに行った。前年にフレディが亡くなったショックもあり、クイーン所縁の地も少し訪ねてみた――。 映画では描写がなかったが、フレディとロジャーが古着の露店を出していたケンジントンマーケットは、古い建物に個性的なブティックや雑貨店が軒を連ね、その雑多で趣のある館内は、若かりし頃の2人が今にも出てきそうな雰囲気に溢れていた。 さらに郊外に足を伸ばし、今は取り壊された旧ウェンブリー・スタジアムの見学にも行ってみた。ライヴエイドや86年のクイーン公演が行なわれた会場だ。誰もいない静まりかえった広大なスタジアム内を見ながらふと目を閉じると、自分がクイーンのライヴ会場に来たような錯覚を覚えた。 そして25年以上が経過し、今度は劇場のスクリーンを通してライヴエイドの再現シーンと出会う。それはまるで現実であるかのように熱を帯びた風景だ。僕はふたたびウェンブリーの地を訪れることができたのである。
2019.01.03
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