8月10日

百恵と聖子の流れを超えた “中森明菜の作品”「NEW AKINA エトランゼ」

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作家陣が注目された、中森明菜のアルバム「NEW AKINA エトランゼ」


2022年8月30日、中森明菜さんは突然Twitterのアカウントから発信を始めた。

そして、再始動に備えて新しい事務所を設立したことを「お手紙」としてわたしたちに知らせてくれた。

さて、1983年の中森明菜さんは何を求められていたか―― デビュー2年目。シングルでいうと、1983年2月22日に「1/2の神話」、1983年6月1日に「トワイライト~夕暮れ便り~」を、1983年9月7日に「禁区」をリリースしたころ。

『NEW AKINA エトランゼ』は、「トワイライト」と「禁区」の間、1983年8月10日にリリースされた。このアルバムはシングル曲が一切入っていない。パリやローマでロケをした映像作品も同年10月にリリースされている。

『NEW AKINA エトランゼ』はリリース時から作家陣が注目された。デビュー時から明菜さんはアルバムにおいて、来生えつこ、来生たかお、中里綴、篠塚真由美、作曲では三室のぼる、南佳孝、佐瀬寿一、木森敏之、芳野藤丸―― などバラエティに富んだ人選でいろいろな楽曲を歌ってきたが、4枚目のオリジナルアルバム『NEW AKINA エトランゼ』では、阿木曜子、財津和夫、横浜銀蝿、細野晴臣、そして谷村新司―― 個性の強い人選の作品を、それぞれ2作品ずつ揃えてきた。

80年代のサウンドで表現した山口百恵の世界観


中川右介さんの著書『松田聖子と中森明菜[増補版] 1980年代の革命』(朝日文庫)には、こうある――

「阿木と谷村という山口百恵ラインと、細野と財津という松本隆・松田聖子ラインにも依頼しているのだから、中森明菜は山口百恵と松田聖子の両方の流れを汲みつつ、新たなものを目指そうとしていたのだろう」

確かに作家面では松田聖子の流れを取り入れたものの、このアルバムを聴く限り、当時の中森明菜の流れはどちらかというと山口百恵寄りであったように思うのだ。百恵さんが引退してから3年、やはり百恵さんに近い世界観を80年代のサウンドで表現できる若手のシンガーとして、明菜さんが求められていたようにわたしは思える。

なお、クレジットにはパリ郊外のスタジオの記載があるが、現地のミュージシャンを使うということはなく、クレジットを見る限りすべて国内のスタジオミュージシャンで固められており、音楽作品としては完全に日本国内の作品である。パリ録音というのは前述した映像作品の関係だろう。LPレコードの歌詞カードにも多数のスナップが収められており、明るい表情の17歳の明菜さんが魅力的だ。

歌詞カード上の明るい表情とは、相当なギャップがある10曲。それでは1曲ずつ、ミュージシャンも含めて紹介していこう。

■ SIDE1

A-1:さよならね


作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:萩田光雄
Drums:渡嘉敷祐一
Bass:岡沢章
Electric Guitar:今剛、芳野藤丸
Acoustic Guitar:吉川忠英
Keyboards:山田秀俊
Percussion:石井宏太郎
Strings:多アンサンブル

じれったい恋人に対して、このまま進展がないのなら別れを決意する少女。等身大の明菜さんの歌唱。わがままを言う場面と別れを決意する場面で歌い方を変える、明菜さんの表現力が光る。

A-2:ヴィーナス誕生


作詞:阿木燿子、作曲:財津和夫、編曲:萩田光雄
Drums:島村英二
Bass:長岡道夫
Electric Guitar:矢島賢
Keyboards:山田秀俊
Percussion:鳴島英治
Harp:山川恵子
Background Vocals:コーポレーション・スリー、バズ

このアルバムでは珍しい、長調の楽曲。歌詞に登場する “白い霞” から、同じ阿木曜子さんが1979年にジュディ・オングさんに書いた「魅せられて」を何故か思い出した。恋は女を素直に変え、激しく変える。囁くような歌い方と、弦楽器主体のオーケストラとハープのサウンドはファンタジック。妖艶というにはまだまだ幼いが、将来妖艶なヴィーナスになる萌芽が見える。

A-3:少しだけスキャンダル


作詞・作曲:翔、編曲:横浜銀蝿、萩田光雄
Drums:横浜銀蝿、牧田バンド
Bass:横浜銀蝿、牧田バンド
Guitar:横浜銀蝿、牧田バンド
Electric Guitar:矢島賢
Piano:横浜銀蝿、牧田バンド
Keyboards:山田秀俊
Percussion:菅原裕紀
Trumpet:数原晋、吉田憲治
Trombone:新井英治、岡田澄雄

アップテンポなマイナーロック系ナンバー。横浜銀蝿と牧田バンドでのベーシックを萩田光雄さんが編曲したもの。男の視線にとび込んでいく明菜さんのヴォーカルは、この曲がいちばん乗っているように聴こえる。少しセクシーな歌詞も違和感なく歌いこなしている。1984年に放送された日本テレビ系連続テレビドラマ『瑠璃色ゼネレーション』の主題歌にも起用された。

A-4 感傷紀行


作詞・作曲:谷村新司、編曲:萩田光雄
Drums:岡本郭男
Bass:渡辺直樹
Electric Guitar:矢島賢
Acoustic Guitar:谷康一
Keyboards:山田秀俊
Strings:多アンサンブル

このアルバムのレコーディングはパリで行われ、歌詞カードにもこの曲をイメージしたスナップが収められているが、谷村新司さんの作品では “日本のどこか”… というにおいがする。

イントロから谷村新司節。イントロのピアノは谷村新司さんの「陽はまた昇る」(1979年)を彷彿とさせる。山口百恵さんの「いい日旅立ち」など、70年代後半のヒット曲のにおいを感じさせる落ち着いた作品。

恋に破れた女の一人旅。明菜さんのヴォーカルは抑えめながらも強さを感じさせる。

谷村新司さんを起用したのは、セカンドアルバム『バリエーション』収録の「脆い午後」での京都弁と明菜さんの相性の良さ、そこからつながる百恵さんの「愛染橋」(松本隆 / 堀内孝雄 1979年)からのアリス繋がりのように思える。

A-5 ルネサンス―優しさで変えて―


作詞:売野雅勇、作曲:細野晴臣、編曲:萩田光雄
Drums:山木秀夫
Bass:高水健司
Electric Guitar:北島健二
Acoustic Guitar:谷康一
Keyboards:富樫春生、倉田信雄
Background Vocals:Eve

サウンドは同じく細野晴臣作品のシングル「禁区」につながる無国籍な雰囲気。恋に落ちた強気な少女だが、惚れた男性にはとことん弱い。ヴォーカルが歌のなかのヒロインにぴったりはまっている。歌い方を聴いていても、明菜さん本人のようにきこえて仕方がない。

■SIDE-2

B-1:モナムール(グラスに半分の黄昏)


作詞:売野雅勇、作・編曲:細野晴臣
Electric Bass:細野晴臣
PROPHET-5:細野晴臣
LINN DRUMS:細野晴臣
PROGRAMMING:細野晴臣

細野晴臣さんのメロディ、アレンジともにヨーロピアンな空気をまとっている。パリを舞台に、別れた恋人との感傷的な想いにふける、ここでも囁くように消えてしまうかのように歌う明菜さん。一か所だけ声を張るのは、このワンフレーズだけだ。

 mon amour 胸の想いも連れ去ってあなた
 サヨナラもさり気なく…

同時期に細野晴臣さんは松田聖子さんにも楽曲を提供している(シングル「ガラスの林檎」)が、その違いを聴き比べるのも面白い。

B-2:ストライプ


作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:萩田光雄
Drums:島村英二
Bass:長岡道夫
Electric Guitar:矢島賢
Keyboards:山田秀俊
Acoustic Guitar:谷康一
Percussion:鳴島英治
Strings:多アンサンブル

頭サビのヴォーカルの伸びやかさは、デビュー曲「スローモーション」を想い起こさせる。長くつきあっている彼とのしあわせを享受しつつ、どこかで心に別の想いを持つ、複雑な女心を見事に表現する明菜さん。この頃の明菜さんにはやはり、来生えつこ・来生たかお作品が一番相性が良かったと思うのだ。

B-3:わくらば色の風(ラヴ・ソング)


作詞・作曲:TAKU、編曲:横浜銀蝿、萩田光雄
Drums:横浜銀蝿、牧田バンド
Bass:横浜銀蝿、牧田バンド
Guitar:横浜銀蝿、牧田バンド
Electric Guitar:矢島賢
Piano:横浜銀蝿、牧田バンド
Keyboards:山田秀俊
Strings:多アンサンブル
Background Vocals:新倉芳美、山根宮子、高橋香代子

“風” と書いて “ラヴ・ソング” と読ませる。

夏の終わりに、終わった恋の歌を静かに歌う明菜さん。横浜銀蝿のTAKUによる作品だが、同じ横浜銀蝿作品のA-3とは違う、落ち着いた雰囲気の失恋ソング。A-3同様横浜銀蝿と牧田バンドでのベーシックを萩田光雄さんが編曲したもの。ギターの使い方が80年のクリスタルキング「蜃気楼」を思わせる。

「わくらば」は「病葉」あるいは「邂逅」か。メロディ・調性はメジャーなのに、どうしてもマイナーな雰囲気になるのが明菜さんの個性なのだろう。

B-4:時にはアンニュイ


作詞:阿木燿子、作曲:財津和夫、編曲:萩田光雄
Drums:滝本季延
Bass:杉本和弥
Electric Guitar:矢島賢
Electric Guitar:高島政晴
Acoustic Guitar:安田裕美
Keyboards:山田秀俊
Percussion:鳴島英治
Trumpet:数原晋
Trombone:新井英治
Tenor Saxophone:ジェイク・コンセプション

マイナーでアップテンポのロック系ナンバー。ホール&オーツなどの雰囲気があるサウンド。少し背伸びをする気丈な少女を演じる明菜さんには似合っている。明菜さんのヴォーカルはアンニュイというのとは少し違うが、この時代、猫も杓子もアンニュイになりたがっていた。

B-5:覚悟の秋


作詞・作曲:谷村新司、編曲:萩田光雄
Drums:岡本敦男
Bass:渡辺直樹
Electric Guitar:矢島賢
Acoustic Guitar:谷康一
Keyboards:山田秀俊
Percussion:鳴島英治
Strings:多アンサンブル

『NEW AKINA エトランゼ』での谷村新司作品2曲は、いい意味で非常に浮いている。

何かの事情でひとりで暮らし始める女性が、母に決意を述べる歌。それまでのラブ・ソングとは違う、女性の旅がはじまる。若くして結婚した百恵さんを意識して作った作品のように見えるが、百恵さんを完全に超えている。泣いているかのような明菜さんのヴォーカルは聴きもの。デビュー2年目で既に憑依型の歌姫であることがわかる。


―― どんな作家の作品でも、“中森明菜の作品” として歌いこなすことができる才能。明菜さんはデビュー2年目の18歳の時点で、既にその実力を持っていた。デビューから40年が経過し、今後また活動を始めることを期待しているが、明菜さんが歌いたい作品をこれからも発表してほしい。同学年の女子として、かげながら応援している。

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2022.09.21
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カタリベ
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