1993年 4月21日

松田聖子が切り拓いた ”大人のアイドル” という世界 〜 ドラマ主題歌「大切なあなた」

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1983年夏のコンサートツアー『アン・ドゥ・トロワ』で初めて松田聖子のコンサートを見て以来、40年近くコンサートに通い続けている筆者が、前回(『【1992年の松田聖子】大バッシングから反撃の狼をあげた “SEIKO 第三章” の幕開け』を参照)はセルフプロデュースの方向性が明確になった1992年の松田聖子を振り返った。

今回は、セルフプロデュース「松田聖子・第三章」が深化していった1993年の松田聖子を振り返る。

着実に進むセルフプロデュース


1989年初夏にデビューから所属していた事務所サンミュージックから独立した松田聖子は、苛烈ともいえるマスコミの総バッシングにあった。オリコンでのシングル1位記録が途絶え、その年末の紅白歌合戦にも選ばれず、盛んに「落ち目」「人気低下」とテレビや雑誌など各メディアで揶揄され続けた。

しかし、そんなバッシングの渦中でも着実に歩みを続ける松田聖子は、1990年と91年の2年間で音楽制作に対して様々なトライアルを繰り返した結果、1987年のコンサートより縁ができたダンガンブラザーズバンドの小倉良と組んで、セルフプロデュースの道を選択した。

そして1992年の1年間を通して、春に “ニューシングル” リリース、初夏に “ニューアルバム” と映像ソフト “SEIKO CLIPS” リリース、その後6月から “夏のコンサートツアー” を開催、秋にツアーの “ライブビデオ(DVD)” と “企画アルバム” をリリース、そして年末に “ディナーショー” 開催という年間の基本スケジュールを完成させた。

1992年のアルバム『1992 Nouvelle Vague』から始まった、全曲を小倉良と共同作曲して、作詞は松田聖子が担当するというスタイルの音楽制作を深化させていったのが1993年だ。

脚本は大石静。連続ドラマで幕を開けた1993年


前年に続き、1993年1月期よりTBS系列の金曜22時のドラマ『私ってブスだったの?』で主演する。脚本は前年の『おとなの選択』と同じく大石静。刺激的なタイトルは大石静が当時週刊文春で連載していた人気コラムのタイトルを流用したもの。略して「わたブス」とも呼ばれていた。

『おとなの選択』では耐える若妻という “静” の演技が多かったが、『私ってブスだったの?』は超強気でバリバリ仕事をこなすコピーライターの役でありメリハリの効いた “動” の演技が中心。

大手広告代理店のエースでありながらある事を機に会社を辞め独立、その後は逆風に負けず前進する強い女性という役柄は、事務所を独立してバッシングの嵐に立ち向かっていた松田聖子の姿と重なる。80年代のぶりっ子やママドルのイメージしかない一般の視聴者には、ズケズケとはっきり物を言う強気な演技が新鮮に映ったようだ。

時任三郎、西島秀俊、石橋蓮司、長塚京三、長谷川初範、高木美保、高橋ひとみ、など達者な共演者に恵まれ、視聴率的には『おとなの選択』よりも苦戦したようだが、松田聖子の連続ドラマの代表作と言えるほど印象に残る作品となった。



ドラマの内容もさることながら、注目すべきはドラマの主題歌である新曲の「大切なあなた」だ。

洋楽のトレンドを意識した意欲的な前年のアルバム『1992 Nouvelle Vague』に決定的に欠けていたのは、「松田聖子」のパブリックイメージにフィットするアイドルソングだ。「大切なあなた」は、ファンもファンではない人も抱く松田聖子らしい可愛さに、少し大人な雰囲気をふりかけたようなポップな仕上がり。

ドラマ終了後の4月21日にリリースした「大切なあなた」は、サビの部分などアイドルソングらしい振り付けも功を奏したか、聖子が90年代にリリースしたシングルでは二番目の売り上げ枚数となり、多くのファンに愛される曲となった。近年でもコンサートやディナーショーで選曲される機会も少なくない。

「DIAMOND EXPRESSION」1曲目の歌詞に込めた強い信念


シングル「大切なあなた」に続き、翌5月21日にニューアルバム『DIAMOND EXPRESSION』をリリース。

前年リリースのアルバム『1992 Nouvelle Vague』の洋楽志向のテイストは継続しながら、そこに「大切なあなた」に加え「コットンとマーガレット」「海辺のカフェテラス」という、アイドル松田聖子らしい曲が加わったことで、音楽的な幅の広さを感じる1枚となった。

「大切なあなた」から始まった試みは、80年代に松田聖子プロジェクトが作り上げた “アイドル松田聖子” の世界を、聖子本人が再構築していくような面白さがある。

90年代はセクシーなダンスナンバーや、壮大なバラードなど洋楽テイストの世界を追求することと同時に、“アイドル松田聖子” を聖子目線で再構築していくことも続けていった。この結果、2000年代以降は、セクシーなダンスナンバーよりも聖子本人が作る “アイドル松田聖子” らしいポップスが中心となっていくのだが、それはまた機会があったら言及したい。

さらに特筆すべきは、アルバム1曲めの「Move On」の歌詞だ。前回記したように、バッシングの渦中でも芸能記者の取材に応じることもなく「ノーコメント」を通してきた聖子が、当時感じていた思いをかなり赤裸々に記したものだ。

これは、前年のアルバム『1992 Nouvelle Vague』の1曲目の「1992ヌーヴェルヴァーグ」にも通じるのだが、“まわりの人がいくら中傷してこようとも、自分の信じた道を進んでいくことで、気づけば周囲から評価されるようになる” という彼女の強い信念を表明している。

多くのファンもマスコミによる聖子バッシングで心を傷めていた中、聖子本人から力強いポジティブなメッセージを発せられたことで気持ちが救われたのは筆者だけではないはずだ。

また聖子が表明したポジティブなメッセージは、翌々年の95年に落選していた紅白歌合戦に復帰、その翌年にはシングル「あなたに逢いたくて〜Missing You~」がミリオンセラーを打ち立てることで実現されていく。松田聖子の信念の強さは恐るべしである。



“アイドル松田聖子” の再構築


93年6月21日にはビデオ『Seiko Clips 2 DIAMOND EXPRESSION』をリリース。アルバム収録曲のうち4曲のMVやメイキングを収録しているが、もっとも印象に残るのが「大切なあなた」だ。このMVは、“アイドル松田聖子” の聖子目線での再構築をまさに具現化したものといえる。

純白のフリルのドレスで、チューリップをマイク代わりにしたり、カメラを見つめて歌う姿は、アイドルそのものという可愛さ。しかしMVは全般的に、当時のコンサートでメインのダンサーであったアラン・リードとイチャイチャしまくりで、ただ可愛いだけではない ”大人の女性” という面も強調する。

極め付けは、バスタブにつかりシャワーを浴びながら見せるバックヌード。自然光(に似せた光)にきらめく真っ白な肌は、もはや ”妖艶”さをも感じさせ、成熟した大人の女性であることを深く印象付ける。

1970年代以降、幾多の女性アイドルが歳を重ねるごとに ”大人の歌手” へ変貌しようともがく姿を見せてきたが、松田聖子は結婚・出産、スキャンダルに見舞われて30代になっても ”大人のアイドル” でい続けるという、日本の音楽史上で誰も成し遂げられなかった世界を、この「大切なあなた」で切り開いたと言っても過言ではない。

少々バランスに欠けるコンサート


6月9日からの日本武道館3daysを皮切りに夏のコンサートツアー『DIAMOND EXPRESSION』がスタートする。ツアー後半にも日本武道館2days、さらに大阪城ホール、名古屋レインボーホールのアリーナに加え、各地のホールをまわるというスケジュールだ。

筆者が行った日本武道館(前半と後半で各1回ずつ)、大阪城ホール、大宮ソニックシティは、いずれも立ち見がでるほどで、独立以後、「落ち目」だ「人気低下」だとマスコミにバッシングされ続けたのが嘘のような盛況ぶりだった。

コンサートの前半は、前年のツアーと同じくニューアルバムからの選曲を中心に見せる構成だが、前年リリースのアルバム『1992 Nouvelle Vague』から2曲と、さらに前年のツアーで初披露した英語曲「Wanna Know How」も選曲しており、その分『DIAMOND EXPRESSION』からは数曲が選曲されなかった。

コンサートの演出・構成も聖子自身が担当しているので、自分が追求しようとする世界をどう見せていくのか悩んだ末のセットリストであることは理解できるのだが、洋楽志向のダンスナンバーが中心になってしまい、アルバム『DIAMOND EXPRESSION』で見せた幅の広さがツアーには活かせなかったことは少々残念な思いがした。

さらにこのツアーで特筆すべきは、アラン・リード推しがすごい、ということだ。前年のツアーからダンサーとして参加しているアラン・リードを、聖子の個人事務所ファンティックの専属タレントとして売り出すことにしたため、このツアーはそのお披露目という意味合いももつことになった。

アラン・リードは3月31日にミニアルバム『アラン・リード』をリリース。そして5月21日にはドラマ『わたしってブスだったの?』挿入歌のシングル「愛するほどに…」をリリースしていた。

ツアーの中盤、聖子の衣装チェンジのタイミングで登場したアランは、シングル「愛するほどに…」と、ミニアルバム収録の「スイート・メモリーズ」を熱唱。しかし残念ながら聖子ファンにはあまり響かなかったようで、武道館ではトイレに立つ女性客が少なくなかったことが記憶に残っている。

ツアーパンフにもアラン・リードがフィーチャーされており、これはファンの間でも賛否が大きく分かれることになった。

選曲面や、アラン・リード推しなど、少々バランスに欠ける印象となったのは残念だったが、MCの際の観客との掛け合いは、一層冴えを見せるようになってきた。

コンサート中盤で聖子のMC が始まると、客席から「(出演しているCMの)タンスにゴンやって〜」とか、「ドラマのセリフしゃべって~」などの声がかかる。そのリクエストに即座に反応してみせて客席を爆笑させるという、聖子の機転の良さが回を増すごとに磨かれていった。

こうした観客とのやりとりの応酬がいつしか、ファンがそれぞれ歌ってほしい曲をボードにして客席で一斉にかかげそれを片っ端から歌っていくというリクエスト・コーナーへと発展していったのは面白いところだ。

年末まで意欲的な活動が続く


夏のコンサートツアーの後は、11月1日にツアーのライブ映像ソフト『LIVE DIAMOND EXPRESSION』をリリース。さらに11月21日にはクリスマス企画アルバム『A Time For Love』をリリース。

『A Time For Love』は、洋楽志向のセクシーなダンスナンバーは存在せず、明るく可愛い印象のポップスを揃えたホリデーシーズンならではのアルバム。松田聖子のセルフプロデュース作品の中でも、ここまで “アイドル松田聖子” を前面に押し出したものはなく、聞き逃せない一枚だ。



リード曲の「Time For Love」は日本語版と英語版が収録されており、英語版はアラン・リードとのデュエットで、そこはファンの間でも賛否が分かれるところではある。

この翌年、松田聖子が小さな役で出演したテレビ朝日の正月ドラマ『家族ネットワーク 遠距離家族の「愛」の物語』のオープニングテーマがアランのセカンドシングル「YOUR EYES」(山下達郎のカバー!)だったが、アラン推しはここで終了となる。これに安堵した聖子ファンもまた、筆者だけではないはずだ。

1993年秋はさらにもう一つ言及しておかねばならないことがある。それは、11月10日に “MATSUYAKKO(まつやっこ)” 名義でリリースしたシングル「かこわれて、愛jing」。

これは、子供の頃に由紀さおりが好きだったという音楽的ルーツの歌謡曲を聖子流に解釈した企画シングル。カラオケでは「津軽海峡冬景色」が得意という聖子の本領を発揮したムード歌謡で、なかなか面白い曲ではある。しかし本人がテレビやコンサートで歌う機会がなく、幻の1曲になってしまったのは残念なところだ。

1992年に4カ所8公演でスタートした年末のディナーショーは、13ヶ所21公演に拡大。会場によっては5万円弱の高額チケットが完売続出で、「ディナーショーの女王」としてメディアがとりあげる機会も増加していった。

“アイドル松田聖子” の再構築をはじめ、セルフプロデュースの音楽の幅が広がり、深化を始めた1993年。様々な挑戦により得た成果を活かして、 さらなる深化を遂げていく1994年については、次回に振り返る予定だ。

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2022.12.25
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カタリベ
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