11年ぶりの復活、変わらぬ歌声を聴かせた高田みづえ
先日、NHK『うたコン』の生放送で「一夜限りの復活SP」と銘打って、11年ぶりに歌声を聴かせてくれた高田みづえ。全くブランクを感じさせない見事な歌唱に観客も視聴者も魅了された。様々な場面で共演を重ねてきた岩崎宏美と榊原郁恵というゲストの人選もベストといえる。今回歌われたのは「硝子坂」と「私はピアノ」の2曲。歌手・高田みづえの代表曲ながら、いずれもカバー作品である。そう、彼女は初期を除けば、主なヒット曲のほとんどがカバー曲という、60年代のカバーポップス期の歌手を除けばなかなか稀有な歌謡ポップスシンガーだったのだ。
デビュー曲となった「硝子坂」にオリジナルシンガーがいることに気づいていた者は、当時あまりいなかったように思う。同曲は木之内みどりのアルバム『硝子坂』に収録され、1977年2月25日に発表されたのが最初。それからわずか1か月後の3月25日に高田みづえのデビューシングルとして発売されたのだった。そのため、シングルとして発売され、テレビでも頻繁に歌われた高田みづえの曲として認識されたのは当然だった。カバーというより競作という方が適切かもしれない。なおこの年には由紀さおりと荒木由美子もそれぞれアルバムで歌っており、それらは純粋なカバーである。
硝子坂」で鮮烈デビュー、紅白歌合戦にも初出場
デビュー曲がいきなり30万枚の売上げを記録するヒットとなった高田みづえは鹿児島県指宿市出身。前年にフジテレビのオーディション番組『君こそスターだ!』で第18代グランドチャンピオンの座を獲得してデビューに至る。同期には清水健太郎、狩人、太川陽介、荒木由美子、香坂みゆきらがいる。その中で榊原郁恵、清水由貴子と “フレッシュ3人娘” と呼ばれたアイドル枠でありながら、抜群の歌唱力を持つ実力派としてヒットを重ねてゆく。目標とする歌手は島倉千代子であったという。
7月25日にリリースされた第2弾「だけど…」も「硝子坂」と同じく、島武実作詞、宇崎竜童作曲、馬飼野康二編曲という布陣で連続ヒットに。さらに年末年始のビッグヒット、そして新人賞にターゲットを定めた勝負曲の「ビードロ恋細工」は、やはり島&宇崎のコンビで、アレンジを船山基紀が手がけて10月25日にリリース。3か月ごとのローテーションがしっかり守られていた。その間の8月25日には1枚目のアルバム『オリジナル・ファースト』も出されている。ヒットの甲斐あって、日本レコード大賞、日本歌謡大賞をはじめ、賞レースでは新人賞を総なめにし、大晦日の『第28回NHK紅白歌合戦』にも「硝子坂」で初出場を果たした。
「ビードロ恋細工」の宣伝用に作られたプレスシートで、スターになったらやってみたいことの欄に “歌謡界の賞をとりたい” と一緒に書かれていた “おじいちゃん、おばあちゃんを東京見物させてあげたい” という健気な願いは、きっと実現できたに違いない。デビュー2年目の1978年も「花しぐれ」「パープル・シャドウ」と松本隆&都倉俊一コンビによるオリジナルヒットを連ね、7枚目のシングル「女ともだち」では初めて筒美京平が作曲を手がけた。そして1979年以降はいよいよカバーによるヒットが続出する。
「私はピアノ」だけじゃない、高田みづえが自分の歌にしたカバー曲
松山千春作詞・作曲による「青春Ⅱ(セカンド)」は、松山のシングル「季節の中で」のカップリング曲で、その前のシングル「青春」の続編だった。高田の歌唱では切なさがより醸し出されている。その次の10枚目のシングルは、当初、谷山浩子作詞・作曲による「子守唄を聞かせて」がメインであったが、途中からカップリングの「潮騒のメロディー」とAB面が入れ替えられてロングセラーとなった。これはフランク・ミルズによるインスト曲「愛のオルゴール」に日本語詞が付けられたもの。「潮騒のメロディー」というタイトルはラジオパーソナリティーの大沢悠里が発案したそうだ。
さらに1980年には最大ヒットとなる「私はピアノ」をリリース。同年発表のサザンオールスターズのアルバム『タイニイ・バブルス』で原由子が歌った曲のカバーだが、全国区のスタンダードナンバーとなったのは高田のシングルがヒットしたからだろう。桑田佳祐からは1983年にも「蒼いパリッシュ」を提供され、その次の20枚目のシングルとなった「そんなヒロシに騙されて」もサザン名義で原由子が歌った曲だ。この曲もジューシィ・フルーツとの競作となり、高田もカバーしてヒットさせている。意外なところでは宮崎美子もアルバムの中でカバーしている。1984年の「秋冬」も多くの歌手が参加した競作カバーだった。
1985年に歌手活動を引退して以降、歌番組への出演は、2015年にNHK『思い出のメロディー』で30年ぶりに歌声を披露して以来だった。今年3月に夫君の元・若島津関を見送り、まだ悲しみも癒えないであろう中での決断だったわけだが、共演した岩崎宏美から最後に “これからも歌った方がいい” と背中を押されていた。ヒロリングッジョブ。封印しておくにはもったいなさすぎる高田みづえの歌声を再び聴ける機会は、意外と早く訪れそうな気がしている。
2026.09.12