4月18日

ベン・E・キング「スタンド・バイ・ミー」と少年たちのちょっとした冒険

34
0
 
 この日何の日? 
映画「スタンド・バイ・ミー」が日本で劇場公開された日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます

 
 1987年のコラム 
語り継がれる名曲、アナログとデジタルの狭間で聴いた「Get Wild」

バイバイおニャン子、1987年の渡辺満里奈とちょっと切ない僕の夏

GGアリンの見世物的糞便学 — 血と憎悪のスカトロジア

80年代のMEN'S BIGI、デザイナー今西祐次が配ったキングストンのサウンド

ライナーノートに導かれ 〜 EPOが仕掛けたソウルクラシックの宝探し

1987年の島倉千代子、「人生いろいろ」と「愛のさざなみ」

もっとみる≫






photo:WARNER MUSIC JAPAN  

その曲を聴くと、特定の人を思い出すことはないだろうか…

JR鎌倉駅西口は江ノ電に乗り継ぐターミナルになっており、その駅前には小さなロータリーがある。今はもう無くなって久しいが、ロータリーを挟んだ反対側に一軒のパチンコ屋があった。名前はうろ覚えなのだが、確か「パチンコ・テアトル」だったような気がする。

そのパチンコ屋の二階が「テアトル鎌倉」という小さな映画館になっており、それが市内唯一の映画館であった。

しかし残念ながらこの映画館は1988年に閉館してしまった。隣接する商店街もいつしか銀座通りから御成通りと名前を変えていた。

1986年、私は大学生になっていたのだが、この商店街の福引きで映画のペア鑑賞券が当たった。上映中の映画は『スタンド・バイ・ミー』だった。
当時、どうしてその映画を一人で観たのか記憶にないが、ペア券の片方を姉にあげたことは記憶に残っている。

『スタンド・バイ・ミー』という映画は、アメリカの片田舎に住む12歳の少年4人が、列車に轢かれた死体を探しに冒険に出るというストーリーであった。

私も主人公同様に12歳の時、アメリカの片田舎に住んでいた。12という年齢はまだまだ子どもで、その歳からタバコを吸うような不良も、ペーパーバックをいつも読んでいるような真面目な子も、気が合えば分け隔てなく一緒に遊んでいた。

そんな経験をした私は、映画の中の四人組が、アメリカの片田舎のどこででも見られるような光景であることを知っていた。

当時、家族ぐるみで付き合っていた “カート” という男の子がいた。青い眼をして、鼻頭と頰にソバカスがあり、私よりチビであった。彼は英語が不自由な私を何かと世話してくれた。

ある日彼の家に泊まりに行った晩、二人でお父さんのシーバス・リーガルを盗み飲みしたことが記憶に残っている。わずかキャップに一杯ずつであったが、彼と私のちょっとした冒険であった。

その後、私は日本に戻ったのだが、しばらく彼とはエアメールで文通をしていた。しかしいつしかそれも途絶えてしまった。

あれからもう40年近くが経つが、映画の主題歌であったベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」(1961年)が流れてくると、12歳のカートの事を懐かしく思いだす。

もし、その片田舎を再び訪れる機会があれば、私は彼の実家を訪ねてみようと思っている。

2018.04.18
34
  YouTube / HD Film Tributes
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1967年生まれ
時の旅人
コラムリスト≫
15
1
9
8
1
共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味 vol.10
カタリベ / KARL南澤
28
1
9
8
4
ザ・スミスとエドワード・ゴーリー、沼地(ムーア)の憂鬱に今こそ学ぶ
カタリベ / 後藤 護
32
1
9
8
3
ラッツ&スター「め組のひと」からの、色褪せない「Tシャツに口紅」
カタリベ / 太田 秀樹
43
1
9
8
3
ビリー・ジョエルの「アップタウン・ガール」と福岡県立城南高校の特別な関係
カタリベ / 指南役
15
1
9
8
1
山下久美子のキュートな歌声、雨の日に家にいるのが大好きだった
カタリベ / 太田 秀樹
16
1
9
8
5
19年ぶりに武道館で響いた “レノン” の「デイ・トリッパー」!
カタリベ / 宮木 宣嗣
Re:minder - リマインダー