6月4日

ATG映画大当たり!森田芳光監督「家族ゲーム」1983年度キネマ旬報ベストテン第1位

53
0
 
 この日何の日? 
映画「家族ゲーム」公開日
この時あなたは
0歳
無料登録/ログインすると、この時あなたが何歳だったかを表示させる機能がお使いいただけます
▶ アーティスト一覧

 
 1983年のコラム 
河合奈保子の最大ヒット「エスカレーション」時代を彩った強力な作家たち

野村義男のデビューアルバム「待たせてSORRY」たのきん三番手の美学!

80’s POPs を彩るモータウン・ビート、ジェームス・ジェマーソンに花束を♪

押入れに隠された真っ赤なレコードと「ひろ子探偵局局員証」

山下達郎が40年前に挑んだチャレンジ!キャリアを決定づけたアルバム「メロディーズ」

きわめて大胆な実験作!山下達郎「クリスマス・イブ」がスタンダードになった理由

もっとみる≫




映画の半分は音楽で出来ている


「映画の半分は音楽で出来ている」―― とは、かのジョージ・ルーカスの言葉である。事実、名画と映画音楽は切っても切れない関係にある。

例えば――
『ピノキオ』と「星に願いを」
『ティファニーで朝食を』と「ムーン・リバー」
『2001年宇宙の旅』と「ツァラトゥストラはかく語りき」
『ゴッドファーザー』と「愛のテーマ」
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と「パワー・オブ・ラヴ」
『プリティ・ウーマン』と「オー・プリティ・ウーマン」
『私をスキーに連れてって』と「恋人がサンタクロース」
―― etc

ところが―― 今回ご紹介する映画は、なんと1時間46分の劇中、主題歌(テーマ曲)はもちろん、劇伴の類いも一切かからない。そればかりか、ご丁寧にも劇中でレコードをかけるシーンが用意されるが、そこでも音楽は流れない。いや、登場人物たちには聴こえているが、観客には聴こえないのだ。そう、一切の音楽が排除された映画――。

ならば、その映画の魅力は半減したか?

違う。その年の「キネマ旬報ベスト・テン」の日本映画の1位に輝いている。紛うことなき傑作だ。そう、この映画こそ、1983年6月4日に公開された森田芳光監督の『家族ゲーム』である。主演・松田優作。日本アート・シアター・ギルド、ATG作品だった。

日本アカデミー賞で「優秀録音賞」受賞


1983年、日本映画は秀作ぞろいだった。

「カンヌ映画祭」でパルム・ドールに輝いた今村昌平監督の『楢山節考』を筆頭に、同じくカンヌを競った大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』、そして五社英雄監督の『陽暉楼』に、市川崑監督の『細雪』―― 等々。これらを抑えての『家族ゲーム』のキネ旬1位は見事だった。

加えて、同映画は「日本アカデミー賞」でも7部門にノミネートされている。優秀作品賞、優秀監督賞、優秀主演男優賞、優秀助演男優賞、優秀助演女優賞、新人俳優賞、優秀録音賞――。

え? 音楽すら流れないのに、どうして優秀録音賞にノミネートされたのかって?

―― これだ。これこそが、『家族ゲーム』を表している。「優秀録音賞」とは、その名の通り、録音技師の人たちに贈られる賞である。現場の映像を撮るのがカメラマンなら、現場の “音”(セリフや効果音)を録るのが録音技師だ。

そう、実は『家族ゲーム』は徹底的に音にこだわっている。音楽は1秒も流れないのに、音にこだわるとは、どういうことか。

ヒントはジョン・ケージの「4分33秒」にあり


偉大なる音楽家ジョン・ケージの作品に「4分33秒」なる “名曲” がある。
有名な作品なので、ご存知の方も多いだろう。その楽譜には3つの楽章と、それぞれに休止を表す「tacet(タセット)」の文字。早い話が、オーケストラの全てのパートが演奏を休み、4分33秒間、何もしない。指揮者もタクトを下ろし、何もしない。つまり “無音” を奏でる楽曲だ。

ケージはこの作品の構想にあたって、こう述べている。

「この世で自然に聞こえるもの全てが音楽である」

そう、オーケストラの楽器が鳴り響かなくても、演奏会場の内外には様々な音があふれている。鳥や虫の鳴き声、木々の揺れる音、遠くに聞こえる子供たちの歓声、場内のざわめき――。ケージは、それら全ての “音” は音楽になり得る―― そう伝えたかったのだ。

映画『家族ゲーム』も、その思想を受け継いでいるように見える。音楽は一切流れない。その代り、人間の本能を浮き彫りにする様々な “生活雑音” があふれている。卵の黄身をすする音、漬物を齧る音、シャーペンをノックする音、お茶を一気に飲み干す音、頬を平手打ちする音―― etc

もし、この映画に他の作品と同じように音楽が流れていたら、これらの生活雑音はかき消されていたか、あるいは僕らは気にも留めなかっただろう。

4度も映像化された原作は「すばる文学賞」受賞作


原作は、1981年の第5回すばる文学賞を受賞した本間洋平の小説である。これまでに4回映像化され、いずれもヒットしているのは、原作に力がある証しだろう。

映画版は、前年(82年)に放映された2時間ドラマ版(主演・鹿賀丈史 / テレビ朝日系)に続く、2回目の映像化だった。ちなみに、映画が公開された2ヶ月後に連続テレビドラマ版(主演・長渕剛 / TBS系)が始まっている。

さて、映画版―― 公開された83年、森田芳光監督は33歳で、劇場映画監督として5作目だった。同映画のヒットで、一躍その名が世間に知れ渡る。

主演は松田優作サン。この1ヶ月後に公開される映画『探偵物語』にも出演している。飄々としながら、コメディにも振れる演技スタイルは、この80年前後の時代が全盛期。個人的には、後の文芸路線よりも、こっちのライトな芝居の方が、優作サンには似合うと思う。

共演陣も素晴らしい。父親を演じる伊丹十三サンの役作りはお見事。あのガサツな父親は、素の伊丹サンの正反対のキャラである。一方、どこか浮世離れして、現実逃避の母親役に由紀さおりという絶妙な配役。こちらはキャスティングの妙である。そして、茂之役の宮川一朗太のつかみどころのない現代っ子ぶりが、この映画に唯一のリアリティをもたらしている。

タイトル「家族ゲーム」の意味とは?


物語は、落ちこぼれでいじめられっ子の中学3年の茂之(宮川一朗太)のもとに、三流大学の7年生の吉本(松田優作)が家庭教師としてやって来るところから始まる。吉本は会うなり茂之の本質を見抜き、時に暴力も厭わないスパルタ式で成績を上げる。ついでにケンカの仕方も教える。そして、茂之は念願の志望校に合格する――。

だが、同映画の肝は、そこじゃない。一見、よくある都会の核家族の話と思いきや、両親と兄弟2人から構成される一家の内心はバラバラ。それを象徴するのが、ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を彷彿とさせる食卓のシーンだった。4人がテーブルの同じ側に座り、同じ方向を向いて食事する。予告編に使われ、同映画のアイコンにもなった。

そう、彼らは必死に “家族” を演じていた。一皮むけば、バラバラになる家族を、辛うじて維持したのが、あの食事シーンだった。だが、そんなギリギリの均衡も、茂之の合格祝いの席で決壊する。この時の松田優作演じる吉本の暴れっぷりがとにかくおかしい。同映画最大の見所だろう。



ラストは、ヘリコプターの音が不穏に響き渡る中、なぜか兄弟2人は昼間から寝ており、母親がまどろむところで終わる。父親の姿はない。

ひと言で言えば、シニカルなブラックコメディだ。先にも述べたが、全編に渡り “生活雑音” が立たせてあり、それが同映画を非・日常空間へと導いている。

黄金の6年間は、ATG確変の時代


最後に―― 同映画を語る上で、忘れてはいけないバックボーンがある。

それがATG、日本アート・シアター・ギルドである。1961年に設立され、フランスのヌーヴェルヴァーグやアメリカンニューシネマを手本に、非商業主義的な芸術作品を数多く製作・配給した映画会社である。

そんなATGの転換点が79年。当時、同社は経営が悪化し、配給できる映画館の数も減っていた。そこで、初代社長の井関種雄氏が退任し、新たに佐々木史朗氏が社長に就任。その新社長が打ち出した戦略が、従来の芸術志向の強い大物監督ではなく、大学の映研やポルノ映画出身の若手監督の積極的な起用だった。

80年代、ATGが “確変” する。新人監督たちは新しい技法で、次々と傑作を生み出していった。大森一樹監督の『ヒポクラテスたち』(80年)、大林宣彦監督の『転校生』(82年)、井筒和幸監督の『ガキ帝国』(81年)、石井聰亙監督の『逆噴射家族』(84年)、伊丹十三監督の『お葬式』(84年)、相米慎二の『台風クラブ』(85年)、そして森田芳光監督の『家族ゲーム』――。



それらは、アートとエンタメがクロスオーバーしたような作風だった。エッジを立てつつも、新人監督たちは客を喜ばせることを忘れなかった。そんなATGの確変時代と、僕が当リマインダーで常々唱える、エンタメ界がクロスオーバー化して多数の新しい才能が芽吹いた「黄金の6年間」は、かなりの部分で重なる。

東京が最も面白く、猥雑で、エキサイティングだった時代である。


2019年6月4日に掲載された記事をアップデート
m

▶ 映画・ミュージカルのコラム一覧はこちら!



2023.06.04
53
 

Information
あなた
Re:mindボタンをクリックするとあなたのボイス(コメント)がサイト内でシェアされマイ年表に保存されます。
カタリベ
1967年生まれ
指南役
コラムリスト≫
35
1
9
7
8
今だから話そう「新人バンドの見つけ方」ルールよりも情熱が勝つ!
カタリベ / 高垣 健
37
1
9
8
2
森田芳光「シブがき隊 ボーイズ&ガールズ」Blu-ray で観られる貴重なジャニーズ映画
カタリベ / ミゾロギ・ ダイスケ
28
2
0
2
1
シンガーとしての松田優作「1978-1987」音楽に真正面から取り組んだ魂の軌跡
カタリベ / 本田 隆
46
1
9
8
4
雨音はショパンの調べ、小林麻美の皮を被った松任谷由実に恋をした
カタリベ / 鎌倉屋 武士
14
1
9
8
4
薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」揺れ動く心、寄せては返す波のようなメロディー
カタリベ / 松林 建
52
1
9
7
9
俺たちもカッコよくなりたい!それまでのヒーローとは違った工藤俊作
カタリベ / 時の旅人