深夜のドライヴデート。マイケルは恋人を森に誘い愛を告白する。キュートな女の子は愛の証である指輪を受け取り「なんて、美しいの」と頬を赤らめる。しかし、彼には誰にも言えない秘密がある。
そして、雲が流れ満月が姿を現す。
途端に苦しみだすマイケル。心配する少女は彼の本当の姿を目撃する―― 狼男だ!
人間の心の奥に隠された闇、それは誰にでもある。「スリラー」の映像は人間とモンスターの二面性を見事に表現し世界中を悪夢の世界に誘った。私はこの時、人々に刷り込まれた狼男の印象が後にマイケル自身を追い詰めたのではないかと思うことがある。
皆さんも覚えているだろう。マイケル・ジョセフ・ジャクソンは1990年前後からメディアによるスキャンダル報道の餌食となった。隠し子騒動、子供に対して性的な虐待・いたずらをしたなどと様々なゴシップに巻き込まれた。
1988年、マイケルはカリフォルニア州に3000エーカーの土地を購入し、その場所を「ネバーランド」と名付ける。広大な敷地内には自宅のほかに遊園地、映画館、動物園が建てられ、敷地内には機関車が走った。観覧車、回転木馬といった目を引く遊具。ラマ、象、ニシキヘビといった動物たちを眺めることもできた。それはマイケルの心の中にある夢を現実世界に表わした巨大な箱庭だった。
まるでディズニーの世界を再現するかのようなファンタジックな景観。しかし夢で彩られた世界の裏側に大人たちは悪夢を想像しはじめる―― 金持ちの男が理想の庭園を作り上げるエドガー・アラン・ポーの『アルンハイムの地所』(江戸川乱歩の『パノラマ島奇譚』の元ネタとされる)を彷彿とさせるエキセントリックな印象はマイケルの想いとは別に闇夜の月あかりのように広がっていく。
ABCのニュース番組で「ネバーランド」は彼にとって何だったのかという問いに対しマイケルに詳しいとされる作家、マーゴ・ジェファーソン(Margo Jefferson)女史がこんなことを言っている。
「理想的な子供時代、夢の世界だったのではないでしょうか。それをそのまま形にして、夢中になって想像を膨らませたんです。ファンタジーの人形、動物たち、乗り物… 子供がベッドの中で空想を広げる、おとぎ話の世界です。」
そんなマイケルの「心の王国」も最期の時を迎える。訴訟の影響もあったのか、その所有権は2008年に譲渡され、その後ネバーランドは巨大な廃墟となった。無人と化した敷地内に侵入し邸内を探索した写真家グループをデジタルメディアVICEが取材し、その様子を克明に報道している。
まず邸内には、ファンからの手紙以外にマイケルが収集した様々な品があった。ペプシのボトルや本、等身大のダースベーダーのレゴ、思いつくことができる沢山のおもちゃ――
子供の頃からスターであったマイケルは、リハーサルやレコーディングに追われ、普通の子供のようにおもちゃで遊ぶことも、ふらっと公園に行って青空を見ることも、パジャマパーティーをすることさえも許されなかった。
彼が失ったものは保守的で凡庸な人々には理解されなかった。きっと大人たちの曇った眼にはネバーランドや邸内の様子が奇異なものに映ったに違いない。例えば、子供たちを誘い込むホーンテッドマンションのように。
でも、私は写真家たちが撮影した邸内の様子を見てほんの少しマイケルを理解した。彼は子供の心を残したまま大人になっただけなのだと。彼がテレビなどでインタビューを受けている姿を観ればそれは容易に理解できる。
「子供たちと一緒のベッドで眠ったんだ。カルキン兄弟やその姉妹もいた。みんなでじゃれ合って風船で空へ舞い上がるようだった。」
彼の言葉から感じられるのは成功した「大人」の姿ではない。それは「少年」のような純粋さだ。そう、狼男などでは決してない。
ネバーランドのキッチンには世界中の子どもたちのために作った食事のメニューがあったという。彼の心の王国はすべてが子供のために作られていた。さらに広い敷地内には「月に座っている少年」をデザインしたロゴマークが至る所にあった。それは、大きなものから小さなものまで駅舎、地面、看板など、敷地内の様々な場所にあった。
私はロゴマークに描かれている少年の写真を見たとき、“ああ、これはマイケル自身なのだ” そう感じた。
ジェームス・マシュー・バリー『ピーター・パン』の戯曲では、ネバーランドに移り住んだ子供はいつまでも子供のまま成長しないとされている。月に座ったその少年の姿は、ネバーランドで子供の姿に返ったマイケル自身の理想の姿だったに違いない。彼は様々な場所からネバーランドに遊びに来た子供たち… そして、子供の心を持った人々をピーター・パンのように見守っていたかったのだろうか。
2017.12.06
YouTube / michaeljacksonVEVO
YouTube / Sefton Productions
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