前回のつづきであります。“くじら” の3rd アルバム『MIX』のミックスダウンのためにロサンゼルスへ。その出発日に、事もあろうに録音済みマルチトラックテープを自宅に置き忘れ、成田空港行きのリムジンバスに乗り込んでから、それに気づいた私。はてさて、どうしよう?!
バスはもちろん成田空港までノンストップで、あと1時間くらいかかります。着くのは飛行機出発の約2時間前で、着いてから家に取りに戻るのはもちろん無理、誰かにタクシーで持ってきてもらう手配をしても間に合うかどうか。そして、なんと言っても携帯電話というものが存在しない時代なのです。
残された手段はひとつしかありません。リムジンバスの運転手さんにお願いして、最寄りのサービスエリアに寄ってもらい、公衆電話をかけさせてもらうこと(その間、待っていてもらうこと)。今思い出しても冷や汗が出そうですが、とにかく背に腹はかえられませんから、運転席へ行って、しどろもどろになりながら事情を説明し、なんとか了承してもらいました。「すみませんっ、助かります!」。
まず電話したのは家です。妻が出ました。呆れています。妻がタクシーで持ってきてくれるなら、それがいちばんよかったのですが、1時間後に出かける用があるので無理、と言われました。仕方ありません。今度は会社にかけました。普通にオフィスタイムだったのは不幸中の幸いでした。
デスクの女性が出ました。誰でもいいからテープを、私の自宅からピックアップして空港に届けてほしい、と説明しました。しばらくやりとりがあって、彼女自身が動いてくれることになりました。よかったー! 続いて自宅の住所や空港での待ち合わせ場所について話していると、バスのクラクションが鳴りました(当時は何とも思わなかったけど、“携帯前時代” って、いろいろたいへんだったねー…)。
運転手さんが窓から顔を出して、「早くしてくださいよっ!」と苛立っています。そりゃそうでしょう。空港へ急ぐ大勢のお客さんを待たせているんですから。とは言え、デスクさんが家に来ることを妻に伝えるために、また電話をしなくてはいけないし。もう汗だらだら…。
やっと終わって、バスに駆け戻り、ムスッとした運転手さんに平身低頭、それから乗客のみなさんにも「申し訳ありませんでした!」と、深ーく頭を下げました。以降、空港に着くまでは、ほんとに情けない気持ちで、小さく小さくなっていました。
空港でくじらのメンバーやマネージャーの木津くん、フジパシフィックの柿崎さんと落ち合い、いきさつを話すと、みんなビックリして、呆れて。普段いちばんのウッカリ屋で、いつも私にからかわれているドラムの楠くんなど、鬼の首を取ったような笑顔で「福ちゃん、やったね!」とうれしそうに肩を叩いてきましたが、返す言葉もありません。
やがて、デスクさんが到着し、重いテープを受け取りました。当時でもタクシー代は2万円くらいしたと思います。手持ちの現金があったかどうかは忘れましたが、一瞬の不注意が、2万円の出費と大量の冷や汗に姿を変えたというわけです。やれやれ。
ロサンゼルスに着いてからも、乗っていたレンタカーが、何かの犯罪絡みのクルマとたまたま似ていたために、ポリスに止められ、運転していた木津くんが本格的な身体検査…「フェンスに向かって! 手を頭の上に! 股を広げて!」ってやつをやられたり、通りにしばらくクルマを止めて、戻ってみたらボンネットに浮浪者が寝ていたりなどと、生活面ではいろんなアクシデントに見舞われたのですが、ミックスダウン作業の方はトラブルもなく、順調に運びました。
ただ、エンジニアのミック・グゾウスキーは、腕はいいと思いますが、くじらには、音がちょっとゴージャス過ぎたかなぁ。また、反省。
2018.12.28