2月26日

小比類巻かほる、基地の街から来たマニッシュなヴォーカリスト

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「小比類巻かほるって、なんかタカラヅカの人っぽいな」というのが、第一印象だった。

女性ヴォーカリストの場合、高音域の声の伸びが注目されがちだが、彼女のような中低音域が印象に残る歌い手は珍しいと思った。それにスカートをはいた姿を見たことがない。堂々としたパフォーマンス、佇まい。おまけに彼女は目鼻立ちがはっきりした美人。

宝塚音楽学校の生徒たちは歌もダンスも基礎から徹底的に鍛えられ、スターになるような役者さんは、当然それらに秀でている。特に男役スターにはステージ栄えする独特の発声法に中低音の声域といった特徴が感じられる。

「宝塚を卒業してテレビに出始めた人たちって、ちょうどこんな感じだよなぁ」

―― などと思っていたのだが、そういう人たちは早くても20代後半ぐらいである。小比類巻かほるはデビュー時に18歳だったというから、年齢的にはだいぶ若い。先天的にそれらが備わっていたとすると、ひょっとして “小比類巻” といった珍しい苗字ではなく、星やら花やらの美しいステージネームで活躍する別の道もあったかも知れない… というのは私の勝手な妄想である。

彼女のプロフィールを見るとなぜか現在の年齢や出身地は非公開となっている。が、当時はそうではなかった。

青森県三沢市出身だと知られていたし、そもそも小比類巻という姓は、特にこの地域に集中して存在する苗字で、決してそこら辺にあるものではなく、他の有名人で言うとK-1ファイター「Mr.ストイック」こと小比類巻貴之選手も三沢の出身だ。

私見かもしれないが三沢の出身というとミュージシャンの場合、イメージ面では、むしろプラスに働くと思っている。三沢は米軍が駐留する基地の街だ。AFN ラジオのウェザーニュースなどで時折聴かれる「ミサワ(三沢)~、イワクニ(岩国)~、&サセボ(佐世保)~」というそれである。私も佐世保近辺の出身なので、シンパシーを感じるせいもあるだろう。

地方都市でありながら町中に英字表記があふれ、どことなく漂う異国情緒は、横須賀や福生などにも通じる基地の街独特のものである。そこで育った者たちに人々が貼るレッテルは、幼い頃から洋楽やジャズに触れ、英語に堪能… といったものだ。R&B のようなバックグラウンドがある者なら尚更である。小比類巻がそんな先入観で見られることを嫌っているのかどうかはわからない。だがデビュー間もない頃、周囲の人々がそれを意識しなかったはずはない。なぜならサードアルバム『No Problem』のジャケットには、ミリタリールックの彼女の姿があるのだから――

小比類巻かほるは EPICソニーというレーベルからデビュー。現在は同じソニーミュージックの傘下にあるが、CBSソニーがどちらかというとポップスや歌謡曲といったメジャー志向であるのに対して、EPICソニーは、ロック色の強いとがった音楽を志向するレーベルというイメージがあった。

当時の音楽業界は、既にヒット曲の王道として定着していた「テレビCM のタイアップ」に続き、「ドラマの主題歌」という金のなる木を得た頃で、比較的テレビの歌番組に呼ばれにくいタイプのアーティストが多い EPIC は、特にドラマに熱心だったような気がする。小比類巻かほるの4枚目のシングル「Hold On Me」(1987年)も沢口靖子の主演ドラマ『結婚物語』の主題歌として採用されて大ヒットとなった。作曲は故・大内義昭、これが縁となり、彼女の楽曲を多数手掛けることになる。

ところで『結婚物語』は日本テレビの制作である。当時はドラマといえば、いわゆるトレンディドラマの全盛期で TBS とフジテレビの独壇場だった。日本テレビは比較的脚本もキャストもパッとしないものが多く、先行する2局にだいぶ遅れを取っていた。ヒロイン頼みのこのドラマも決して例外ではなかったと思う。だから、「Hold On Me」はドラマ人気にあやかることなく、それを観なかった人々の耳にも届き、純粋に楽曲の良さで彼女の名を広く知らしめたといえる。私にとっては渡辺美里「My Revolution」と並んで、今でも聴くとアガるタイプの佳曲である。

それから約15年後の2003年、EPICソニー創立25周年を記念して、1980年代から活躍する EPICソニーの所属アーティスト達の代表曲を集めたオムニバス盤『EPIC25 1980-1985』『EPIC25 1986-1990』『EPIC25 SPECIAL EDITION』の3枚がリリースされた。

先の2曲が収録された『1986-1990』は私の愛聴盤である。またこれに併せて彼らアーティストが一堂に会するライブイベント『LIVE EPIC 25』が、東京・大阪で3日間にわたって繰り広げられた。この模様は NHK-BS2 でも放送されたから、EPICソニー云々はさておいても、普通に豪華アーティストが競演するビッグイベントとして、音楽ファンの間では広く認識されたように思う。

このイベントには、多くのファンの前に久しぶりに姿を見せるアーティスト達もいた。番組では、同窓会のように和やかなリハーサル風景も映し出されていた。その中に印象に残っているシーンがあった――

小比類巻かほるが「皆さん、お久しぶりです」と声をかけながらリハーサル会場へ入ってくる。まもなく「Hold On Me」のイントロが流れ、それに呼応して彼女が歌い始める…

ん? 明らかに声が出ていない。往年の伸びやかな声が鳴りを潜め、本来の彼女にしては不本意な仕上がりのように感じた。

彼女の私生活はほとんど明らかになっていないが、結婚を経て90年代の終わりごろからは音楽活動のペースを落としていたはずである。おそらくブランクもあったことだろう。2003年のこのライブは、そんな彼女が再びメジャーシーンへの復帰を果たそうとする新たな一歩だったのかも知れない。このパフォーマンスはオールドファンにはちょっと寂しい出来事ではあったけれども、それからまた十数年経った現在―― 彼女はライブステージに再び多くのファンを集めている。

小比類巻かほるはシングルヒットを数多く飛ばしたアーティストではない。むしろアルバムチャートで毎回上位を賑わせることが多かったから、ヒット曲以外にも佳曲が多い。数々のヒットを生み出した大内氏がいなくなってしまったのは残念だが、円熟味を増した彼女のヴォーカルにこれから注目していきたい。


※2018年9月27日に掲載された記事をアップデート

2019.03.16
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