エアチェックに精を出していた少年時代、北陸地方で民放FMが開局されたのが福井は1986年、富山は1985年。それより遙かに遅れること石川での開局は1990年でした。そのため、私はNHKに頼るしかなかったのです。
まだ子供だったのでサウンドストリート、クロスオーバーイレブンまで起きていられない(笑)。そこで当時の私にとって頃合いが良かったのが、土曜15時放送の『FMリクエストアワー』。これが聴きたいため部活を辞めたのはご愛嬌(笑)。
この番組は全国のNHKで放送されていましたが、キー局のものを同じ内容で全国に流すわけではなく、地方各局が独自の制作を行うため、ローカル色の濃い内容になっていました。
当時は「紅白歌合戦より15分多い長い」というのが売り文句。もしかすると石川だけそう言ってた可能性があります。なにせローカルでしたから。私が聴き始めた頃のパーソナリティーは山下信(まこと)さん、次が杉尾宗紀さんでした。
特に杉尾時代には、今でいう “珍盤コーナー” なるものがあって、どこよりも早く「踊るポンポコリン」や「夜霧のハウスマヌカン」を紹介していました。
「夜霧のハウスマヌカン」は、ハイセンスに見栄を張りながらも生活苦にあえぎつつ、玉の輿に乗るという野望を持つモデル兼販売員の哀愁をうたった曲で、特に印象に残っています。
ここ最近「NHKらしくない番組」が増えましたが、この番組には地方ならではの破天荒なエピソードがあり、当時大変刺激を受けました。
例えば、1986年の紅白歌合戦。チェッカーズの出場曲が「NANA」に決まっていたのに “過去を脱ぎ捨ててやろうぜナナ” の部分が、卑猥で不適切ということで「Song for USA」に変更された時のこと。
番組では「卑猥だと思うNHKが卑猥じゃないのか?」と。それはNHK社員の発言とは到底思えないものでした。
他にも、この番組で印象に残ってる音楽が何曲かあります。
チャゲ&飛鳥が書いて、ばんばひろふみが歌った西武ライオンズ応援歌「Vのシナリオ」もそうです。当時は東尾、石毛が現役でライオンズの黄金期でした。
石川県出身の男女4人組、夢博士の「君をさらって」も印象に残っています。Re:minderをお読みになってる人も、ほとんど知らないんじゃないでしょうか。このグループは、全国的には全くの無名でしたが、リクエストチャートで、なんと一か月以上も1位を独走したのです。
『FMリクエストアワー』については、意外と書きたいことが多く、第二弾~第三弾と書いていくつもりです。例えば、当時、金沢でなぜか人気が高かったバンド、TMネットワークやPINKなどについて…
2017.05.26
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