10月21日

女子大生アイドル・宮崎美子の歌手活動 ~ いまの君はピカピカに光って

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宮崎美子デビューシングル「NO RETURN」がリリースされた日
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才色兼備の女子大生アイドル、宮崎美子デビュー!


1981年10月21日といえば、80年代アイドル好きなら誰もが知っているであろう、松本伊代がデビューした日。つまり「センチメンタル・ジャーニー」の発売日であった。しかし同日にデビューした女性新人歌手がもうひとりいる。CMをきっかけに女子大生タレントとして人気を得ていた宮崎美子である。曲がリリースされた時点では、いきなりのテレビドラマ主演で女優デビューも果たしていた。

デビュー曲となった「NO RETURN」は八神純子が作詞・作曲(詞は阿里そのみとの共作)を手がけており、アイドルポップスというよりは当時のニューミュージックに近い。年齢も考慮されて普通のアイドルよりも大人っぽい楽曲が用意されたとおぼしい。

決して歌が巧いとはいえないまでも、ストレートでクセのない歌唱は好感が持てた。カメラのCMがきっかけで脚光を浴びたのが前年の春から夏にかけてのことだったから、満を持しての歌手デビューということになる。

全男性の視線を釘づけにしたビキニ姿、ミノルタのテレビCM


話題をさらったミノルタのCMは、周りを気にしながら木陰で着替える(既に水着を着ていて服を脱ぐ)光景が全男性の視線を釘づけにした。高校生だった自分ももちろんその一人。

あまりに話題をさらったために、同じシチュエーションで別の2人のモデルで撮影済みだった第2弾・第3弾ヴァージョンがお蔵入りになったという。本人だけでなく他人の運命までも変えてしまったのだ。

さらには糸井重里が作詞、鈴木慶一が作曲して斉藤哲夫が歌ったCMソング「いまのキミはピカピカに光って」までをもヒットさせて、通好みのシンガーソングライターだった斉藤の名を全国区とした。慣れない歌番組に出演して戸惑っていた様子が思い出される。同曲のジャケットが斉藤の写真ではなく、宮崎のCMカットが大きくあしらわれたこともヒットの大きな要因となったことだろう。

撮影は篠山紀信、芸能界入りのきっかけは週刊朝日の表紙モデル


ミノルタのCMより以前、1980年1月に『週刊朝日』の素人モデルとして表紙を飾ったのが芸能界入りのきっかけとなる。熊本大学の3年生だった1979年10月、朝日新聞で募集していた「篠山紀信があなたを撮ります・キャンパスの春」の表紙モデルに応募し、約1,000人から最終合格者の10名に選ばれたのだった。

実はそれより前に地元の百貨店のポスターモデルとしてビキニ姿を披露していたという。ミノルタのCMの水着姿も厭わなかったのが解る。キャンパス内では既に有名人だったそうで、芸能の仕事にもともと興味があったのかも。最近のクイズ番組での博識ぶりを見ても、“才色兼備” という言葉がこれほどピタリと当てはまる人はそんなにいない。

1980年10月からはポーラテレビ小説『元気です!』に主演、1981年4月からは『2年B組仙八先生』に出演と、女優として順風満帆に仕事をこなしていただけに、歌手としてはあまり着目されなかった。が、その後もしばらく続いた歌手活動が楽曲に非常に恵まれていたことはたしか。

翌1982年、第2弾シングルとなった「わたしの気分はサングリア」は安井かずみ×加藤和彦コンビの作詞・作曲、同年の第3弾「黒髪メイド・イン・LOVE」は橋本淳×筒美京平コンビが手がけている。

作家陣は超豪華! 松任谷由実、矢野顕子、坂本龍一、吉田拓郎、南佳孝…


アルバムも1981年のファースト『Mellow』から、1982年の『わたしの気分はサングリア』、1983年の『美子』と毎年1枚のペースで出され、豪華作家陣が作品を提供している。

ファーストアルバム『Mellow』は松任谷由実の作詞・作曲による「夕闇をひとり」をはじめ、矢野顕子×坂本龍一コンビの「今は平気よ」、さらに吉田拓郎、南佳孝、来生えつこ、八神純子、渡辺真知子など錚々たるメンバーが名を連ねた。

さらに、セカンドアルバム『わたしの気分はサングリア』では大貫妙子や大村憲司、サードアルバム『美子』でも林哲司、後藤次利、井上尭之といったヒットメーカー達が参加。谷山浩子が提供した「私の心のハンバーグ」は宮崎の気さくなキャラクターと相俟ったノヴェルティ路線の傑作だろう。

これらのアルバムはいずれも昨今のシティポップブーム下でCD復刻が実現しており、歌手・宮崎美子がようやく再評価されるに至った感がある。楽曲の素晴らしさはもちろんのこと、彼女の素朴な歌声によって曲の魅力がさらに引き立てられたのではとも思うのだ。薬師丸ひろ子や斉藤由貴には及ばないまでも、女優の余技としてはかなりいい線いっていたのではないだろうか。



2020.10.21
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カタリベ
1965年生まれ
鈴木啓之
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