テレビから沼地を這うようなギターが聴こえてきたのは、僕がもうすぐ15歳になろうとしていたときだった。
ワニが生息するジャングルの奥。ひとりの男がギターアンプの上に座っている。そのアンプにはシールドが繋がれており、カメラはその行き先を追って行く。ピクニックをするカップルの横、貴婦人を乗せた車の中、電話をかけるチアガール、洗濯物を干す女の股下、墓掘り人夫、ポーチにいる老人と犬。
カメラはシールドを追い続ける。ギターは鳴り続け、男が叫ぶような重たい声で歌っている。そして、カメラは遂にシールドの先端に辿り着く。そこは誰もいない道の上で、ひとりの男がエレキギターを弾いていた。
その男がジョン・フォガティだった。曲は「オールド・マン・ダウン・ザ・ロード」。淡々とした曲調ながら、聴き手を沼へと引きずり込むような魅力をもった曲だった。
それから数ヶ月後、ジョン・フォガティの10年振りとなるニューアルバム『センターフィールド』が全米チャートのトップに踊り出たとき、僕は彼がかつて「ヒット曲製造マシーン」と呼ばれていたことを知ったのだ。
ジョンが在籍していたクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(以下、略称であるCCRと記載)は、60年代の終わりから70年代の初頭にかけて、破竹の勢いでヒットを連発したグループだった。そのバンドのソングライターであり、ヴォーカルとリードギターを担当していたのがジョンだった。
『センターフィールド』がリリースされた1985年前後は、CCRが解散して以来、ジョン・フォガティの音楽が久しぶりに世間を賑わした時期だったと思う。
ハノイロックスが1984年にリリースしたご機嫌なシングル「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」は、CCRのカヴァーだった。
1985年の夏、『ライヴエイド』のトップバッターを務めたステイタス・クォーがオープニングに選んだ曲は、ジョン・フォガティのソロナンバー「ロッキン・オール・オーバー・ザ・ワールド」だった。
1986年には、桑田佳祐(KUWATA BAND)が「雨を見たかい(Have You Ever Seen the Rain)」を歌っているテレビCMがあった。これもCCRの曲だった。
あの頃、いい曲だなと思うと、まるで決まり事のようにジョン・フォガティの名前を見つけることができたのは、単なる偶然だったのだろうか? 気がつくと僕は彼の音楽を夢中で聴くようになっていた。
ジョンの歌には、いつだってロックンロールの本質が宿っていた。彼にはビートルズにもボブ・ディランにもできないことができた。それはたった3分間で本物のアメリカンミュージックを世界中の人に届けることだった。とりわけCCR時代に放った数々のヒット曲、あれは魔法だ。
『センターフィールド』の大ヒットは、そんなジョンの才能の健在ぶりを示すものだったと言える。そして、僕にとって幸運だったのは、ジョンの歌の向こう側にある肥沃な音楽=ルーツミュージックの存在を感じ取れたことだった。
今思うと、象徴的な内容のミュージックビデオだ。ジャングルに置かれたギターアンプに繋がった1本のシールド。それは知らない世界への地図であり、大いなる冒険の始まりだった。目の前に広がるのは音楽の深い森だ。
その旅は今も続いている。足元にあるシールドをたぐり寄せれば、あの沼地を這うようなギターが聴こえてくる。
2017.08.08
YouTube / JohnFogertyVEVO
YouTube / CCRVEVO
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