いつも行列ができている人気の餃子店の前を通った時に「以前、この場所にペニーレーンという伝説のBARがあったんだ。知ってるだろ?」と言われ、私はその店に関して何も思い出すことができずに愕然とした。
原宿にあった同店を舞台にしたドラマ『あこがれ共同隊』(1975年)が放送されていたことさえも一切覚えていない。そう、まるで宇宙人に誘拐され記憶を消されてしまったかのように。
私は原宿・表参道界隈で育った。
1980年以前、ラフォーレができる前の表参道は今ほどの人通りはなくとても落ち着いた雰囲気だった。伝説のBARがあったというその近くの路地には新聞屋があり夕刊を配る時間が近付くにつれ活気が満ちていく。私はそんな販売店の中を眺めるのが大好きな子供だった。
キディランドにはお金も持たずにサンダル履きで行き、展示されていた電動ミニカーのサーキットコーナーをかぶりつきで眺めていたものだ。そのすぐ側の遊歩道には砂場があり、砂まみれになって遊んだことを思い出す。
日が暮れかかると商店街は人情味溢れる風景に姿を変える。今はテナントビルやコンビニに変わってしまったが、当時は八百屋、魚屋、酒屋、肉屋が仲良く並んでいて店主と母親たちの会話がいつも聞こえていた。近くには銭湯があり、そびえ立つ大きな煙突が印象に残っている。日が暮れると暗い路地に薄っすらと鈍い光が浮かぶ。昼間は銀のフィルムで中身が見えない雑誌の自販機があり、夕闇が訪れると共にあやしい空気を放っていた。
驚くほど当時の記憶はクリアである。それなのにペニーレーンに関する記憶だけが完全に抜け落ちている。
ドラマの主題歌である「風の街」(1975年)を山田パンダさんが歌っていたことも後から知った。人の記憶とは不思議なものだ。曲を聴いた途端に抜け落ちていた記憶の一端と様々な思い出が堰を切ったように解放され走馬灯の如く駆け巡る。「風の街」は私の隠された記憶の暗証番号であった。
風の街 / 山田パンダ
作詞:喜多條忠
作曲:吉田拓郎
編曲:瀬尾一三
発売:1975年(昭和50年)6月23日
2016.03.14
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