2022年 2月25日

復活したティアーズ・フォー・フィアーズ、長い長い茨の道の果てのきらめき

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ティアーズ・フォー・フィアーズのアルバム「ザ・ティッピング・ポイント」が英国でリリースされた日
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英米で「シーズ・オブ・ラヴ」以来33年振りとなるTFFのヒットアルバム


今年2月25日にリリースされたティアーズ・フォー・フィアーズの実に17年半振りのオリジナルアルバム『THE TIPPING POINT』は、イギリスで2位、アメリカで8位に初登場した。

これはアメリカでは1989年最高8位を記録した『シーズ・オブ・ラヴ』以来実に33年振りのトップ10入り。イギリスでもオリジナルアルバムでは1位を獲得した『シーズ・オブ・ラヴ』以来の高順位となった。

正に奇跡的な復活。“80年代の逆襲” と言っても過言ではないかもしれない。しかしここに至るまでは本当に長く、想像を絶する程苦難の多き道程があった。

メンバーの一人、ローランド・オーザバルの長い白髪と白い髭がその日々を雄弁に物語っているのではないだろうか。

カート・スミスの脱退、そして再結成


1985年の「ルール・ザ・ワールド(Everybody Wants to Rule the World)」「シャウト」の2曲の全米No.1から4年後にリリースされた『シーズ・オブ・ラヴ』。メンバーも4人からローランド・オーザバル(ギター)とカート・スミス(ベース)の2人になったが、このアルバムも高い評価と好セールスを誇った。ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下TFFと略)には90年代が確実に視野に入っていた。

ところがカートが突如脱退してしまう。TFFは殆どの曲を作っていたローランド単独のユニットとなったが、2枚のオリジナルアルバムをリリースするもセールスは下降。90年代、TFFは表舞台から姿を消してしまったのである。

お互い曲で罵り合う程険悪であった2人は、2000年代に入って再結成を果たし、2004年に2人では15年振りのオリジナルアルバム『EVERYBODY LOVES A HAPPY ENDING』をリリースする。カートのソロでのコラボレーター、チャールトン・ぺタスがTFFとの共同プロデューサーに名を連ねたこのアルバムでは、カートが12曲中8曲、ぺタスと共に曲作りに参加。内1曲はTFF初のローランドがノータッチの1曲となった。マイナーなレーベルからリリースされたこともあり、英米共に最高40位台に留まり、日本盤もリリースされなかった。

その後TFFはツアーを重ね、2012年には『SUMMER SONIC』で27年振りに再来日を果たす。そして翌2013年、遂に新しいアルバムの制作に入ったのだった。

一度作ったアルバムを破棄、作り直された「THE TIPPING POINT」


しかしここからが尚、長く苦難の道程であった。

TFFは当時のマネージメントから、外部のソングライターとの共作を勧められた。またアーケイド・ファイア、アニマル・コレクディブ、ホット・チップの3組の若手バンドの曲をカヴァーしたEPを2014年にリリースしているが、これもマネージメントからの指示であった。いずれもTFFを過去のバンドと断じ、そこから這い上がらせるための施策であった。

こうしてアルバムは一旦完成したが、これに異を唱えたのがカートであった。「これで君が満足なら構わない。でも俺は抜ける」。再び脱退するか否か、カートのこの時の心境は『THE TIPPING POINT』の最後の曲「Stay」で歌われている。この曲はカートとぺタスが作り、ローランドはタッチしていない。アルバム最後の曲がカートの曲ということは、以前のTFFでは考えられないことであった。

この曲は2017年にリリースされたベストアルバム『RULE THE WORLD:THE GREATEST HITS』にも新曲の2曲の内の1曲として、ひと足お先に別ヴァージョンが収められていた。もう1曲は「I Love You But I’m Lost」。TFFの2人とイギリスのバスティルというバンドのダン・スミス、プロデューサーのマーク・クルーの4人の共作で、新作で没になった1曲だ。この曲についてもカートは「ローランドは好きらしいが僕は好きではない」と明言している。

カートの意向でアルバムは作り直されることになった。2人を中心に半分の曲が作り直され、残りの半分は新しい曲が占めた。新たなマネージメントからは賞賛を受け、アルバム制作は漸く軌道に乗った。しかしこの過程でローランドには新たな苦悩が襲いかかっていたのであった。

妻への心情を歌った「The Tipping Point」「Please Be Happy」


ローランドの糟糠の妻キャロラインは、更年期と空の巣症候群からアルコール中毒になり、ローランドは介護生活に追われることになった。その過酷さからカートに当たることもあったらしい。2017年夏にキャロラインはこの世を去り、アルバム制作もツアーも中断された。

書き直されたアルバムタイトル曲「The Tipping Point」(転換点の意)、新たに書かれた曲「Please Be Happy」は、死に向かう妻への心情を歌った曲であった。ローランドは妻の死後、自らも身体を壊している。ツアーを中断する前の2017年には未だ黒髪だったローランドがすっかり白髪になり別人の様になってしまったのは、やはりこの苦悩を経たからではないだろうか。

しかし妻を失ったことで、ローランドはカートとの向き合いを見直し、かけがえのない存在だと再認識することになった。前述のカートの曲「Stay」は、アルコール中毒の妻の下を去るべきか否かと自らに問う曲にもなった、とローランドは語っている。カートが再脱退の意思を示したことが、かえって2人の絆を深めたのである。

こうして2人が作ったのが、アルバムの冒頭を飾る「No Small Thing」である。タイトルの “取るに足らなくはないもの” は自由のこと。TFFらしからぬアコースティックギターから始まるこの曲は、トラッドの香りのするTFFの新境地を感じさせるナンバー。TFFの2人だけで作ったのは、1985年にアメリカでNo.1ソング2曲の後に3位を記録した「ヘッド・オーヴァー・ヒールズ」以来。自信作のこの曲を彼らはアルバム1曲めに置いて挨拶代わりとしたが、同時にTFFの2人の揺るぎない結束も表すことになった。

こうしてアルバムは足かけ9年で完成した。先行して配信されたリードトラックは、「No Small Thing」と「The Tipping Point」そして「Break The Man」であった。強い女性について歌った、昔のポップなTFFを彷彿とさせる「Break The Man」がカートとぺタス作というのが面白い。このアルバムでティアーズ・フォー・フィアーズは漸く真の2人組バンドになったのではないだろうか。

再結成でオリジナルを超えた! 39年越しで癒された“痛み”


5曲をTFFと共同プロデュースし、2曲をローランドと共作しているサシャ・スカーベックのことも触れないわけにはいくまい。かのジェイムス・ブラントの「ユア・ビューティフル」の共作者であるスカーベックは、若手のコラボレーターで残った1名であった。痛切な「Please Be Happy」にも名を連ねている。

ローランドは幸いにして再婚を果たした。しかし2週にわたり『ベストヒットUSA』にオンラインで出演した際、カートに比べて発言が少なかった。そんなローランドの口数が多くなったのが、このアルバムの評判が本当にいいと語った時であった。こんなことは今までに無かったそう。そんなアルバムが数十年振りのヒットまで記録したのだから、彼らの喜びはひとしおであろう。

“再結成はオリジナルを超えることは無い”

そんなジンクスが破られた奇跡を僕らは目の当たりにしているのかもしれない。冒頭で掲げた “80年代の逆襲”。TFFの長い茨の道の果てのこの煌めき。80年代に青春を過ごした我々には大いに励みになり、背中を押される。決して諦めてはいけないのだ。

かつてTFFに胸ときめいた方には、今作を是非一度通して聴いてみて頂きたい。出来れば訳詞も読んで頂きたいし、今回の原稿は日本盤CDの詳しい解説も参考にさせて頂いた。決して頼まれたわけではないが、日本盤CDがお薦めである。アルバム単位で聴くべき点も含め、これまた何とも80年代的ではないか。

3月11日、TFFはツイッターに1983年のデビューアルバム『ザ・ハーティング』と『7THE TIPPING POINT』の2枚のジャケットを載せ、それぞれに “The Hurting(痛み)” “The Healing(癒し)” と銘打った。39年越しで痛みは癒されたのだ。

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2022.03.31
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カタリベ
1965年生まれ
宮木宣嗣
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