「平成」が31年で幕を閉じる。
2019年1月7日、天皇陛下は即位30年を迎え、10月には新しい天皇の即位が国内外に宣言される。
そして、今日1月7日は昭和が終わった日でもある。88年の秋口に昭和天皇が吐血され、それよりほぼ毎日その御病状が報じられた。当時マスコミ各社は100日以上、非常態勢を敷いていたので、重い空気が社会を覆っていくのがよくわかった。
翌89年、年明けの崩御と共にテレビから歌番組、ドラマ、バラエティなどがすべて姿を消す。CM も自粛され、後を追うように街の灯も消えた。
あのとき、時間は緩やかに流れ、とても静かだった。
静謐をさらに超えた静けさ、音のない世界とでも言えばわかるだろうか。私はあの「無」のような静けさを忘れることができない―― ただ、それでも時が止まることはない。徐々にまた時計の針が元の速さを取り戻そうと動き出す。
2月末には大喪の礼(葬儀)が行われた。その警備にはテロを警戒し全国からの応援部隊を含む3万人を超える警察官が駆り出されていた。
そう、都心部は警官だらけ。
“犬も歩けば、警官に当たる” と言っても、けして大袈裟ではなく、まさに厳戒態勢だった。このとき、私は放送関係の仕事を始めたばかりのアシスタントディレクター、西麻布から六本木へ向かう道すがら100メートルを歩く間に警官に3回も足止めされた。連日の3K(きつい / 厳しい / 汚い)仕事で顔色の悪い AD が危険物にも似た大きな荷物(1吋のビデオテープ)を担いで街を歩いているのだから、当然捕まる。
あの時、不審者1人に対して警官は2人以上で対応していただろうか。職質を受ける度、鞄や袋をすべて開けて持ち物をチェックされた。
そんな状況の中で直属のプロデューサーから死ぬほどポケットベルを鳴らされる。私との連絡が取れなくなりイラついていたのだろう。気の利かない上司はどこにでもいる。ポケベルの呼び出し音と怪しい振動のせいで職質の時間が伸びたことは言うまでもなく、おかげで打ち合わせには30分以上遅れてしまった。
普段からは想像もできない緊張感に幾分興奮しながら「たぶん、戒厳令ってこんな空気なんでしょうね」と言うと、かのプロデューサー氏は「君が怪しすぎるせいだ」などと言っている。冗談のセンスもイマイチだ。
それにしても、思い返せばあの年の自粛ムードは異常だった。あれは東日本大震災の後に訪れた街の静けさを遥かに上回っていた。日本中が死んだのではないか… 本気でそう思った。だからだろうか。私はあの日の自粛ムードを思い出すたび、映画『ラストエンペラー』のテーマ曲がセットになって頭の中で鳴りだすのである。
同作は1988年に劇場公開された大ヒット映画で、中国清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の生涯を描いた作品だ。音楽を坂本龍一さんが担当している。荘厳だが悲しみに満ちた美しい音色が印象に残る。まさに私の昭和天皇崩御のイメージは「The Last Emperor - Theme」そのままだった…。そして、あの頃、いつ終わるとも知れない気が滅入るような自粛ムードからどうしたら抜け出せるのか、全く想像できずにいた。
一方、同サウンドトラックには「Rain」という曲が収録されている。こちらは陰鬱な雨が降る中、全てを捨て去り新しい世界へと走り出すイメージ。この曲のように走り出せば、そこには、まだ見ぬ明るい未来があるように感じた。
昭和を覆った悲しみの雨が止み、「平成」という新たな太陽の光を夢見ながら、私は磁気テープが擦り切れるほど「Rain」を聴いた。
CINEMA DATA
『ラストエンペラー』
■出演:ジョン・ローン、ジョアン・チェン、坂本龍一
■監督:ベルナルド・ベルトルッチ
■音楽:坂本龍一、デイヴィッド・バーン、蘇聡
■日本公開:1988年1月23日
※2016年1月7日に掲載された記事をアップデート
2019.01.07
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