観客を夢と狂気の渦に巻き込む谷山浩子
どこに連れて行かれるかわからない――。どれだけ心の準備をしてライブに臨んでも、彼女のピアノと声が鳴り響いたとたん、想像とは違う、横道、謎道へふんわり飛ばされる。さあ、今回はどう来る? ああ、やられた! そんなふうに、谷山浩子のライブは、感情の螺旋階段を10往復するくらいのクラクラがつきものなのだ。
そしてこの日も。2026年6月11日、場所はビルボードライブ大阪。おいしい食事やお酒を楽しみながら、大好きなアーティストの演奏が聴けるという最高のハコである。しかも今回は、ヴァイオリニストの斎藤ネコ氏が参加! これは素晴らしい夜になること確定。しかし私は油断していた。ウキウキしながら呑気に辛口ジンジャーエールを頼んだときには、まだ大丈夫だったのに!
真っ先にステージへ現れた斎藤ネコさんが、音合わせのヴァイオリンを鳴らし始めたあの瞬間からだったのか…… もしくは、浩子さんがピアノの前に座った瞬間からか……。 気がつけば、すでに時空は歪んでいたのだ。「同じ月を見ている」から始まったライブ、ステージに満月の映像が輝き、私たちは禁断の宴に巻き込まれていった。毎回そうだ。言い切ってしまうが、谷山浩子はいつも容赦なく観客を “巻き込む”。夢と狂気の渦に!
幻想とファンタジーに狂気を添えて。“食シリーズ” のセットリスト
今回は飲食が楽しめる会場に合わせて “食シリーズ” のセットリスト。ふむふむ。これは飲み食いが進みそう。しかしそこは我らが浩子さん、フツーの “食” では終わらない。いきなり「♪僕はきみをこれから 焼いて食べる」という「SAKANA‐GIRL」を奏でる。が、戸惑う人はほぼいない! 客席を見ると “浩子さんはこうでなくては” と満足げに大きく頷く人のなんと多いことよ……。その後も「トマトの森」や「私の心はハンバーグ」「卵」など、爽やかだったり、どっしり重かったり、食べごたえ(聴きごたえ)抜群の選曲。
「恋するニワトリ」が始まったときは、確かに鶏も食べられるけど! と思わず笑ってしまったが、幻想とファンタジーに、狂気というオードブルを添えて、さすがのフルコースだ。透き通る浩子さんの歌声に、斎藤ネコ氏の繊細かつダイナミックなヴァイオリンが絡みつく。美しくておいしくて、怖くてゾワゾワする! ジンジャーエールの味が変わって感じてくるほどに。
「夢のスープ」「ウミガメスープ」不穏なのにクセになる2連発
セカンドステージで特に驚いたのは「夢のスープ」「ウミガメスープ」という、濃厚にもほどがあるスープの2連発。本当に今聴いているのは、ヴァイオリンとピアノだけなのだろうか? 私は何度ズレ落ちるメガネを押し上げ、お二人の手元を見たことだろう。谷山浩子のピアノから溢れ出す、心が動く瞬間の音。斎藤ネコのヴァイオリンから聴こえる扉のきしむ音、誰かの悲鳴。2人の音が重なりあって、コトコト、コトコトと、夢のスープを煮込んでいく――。
オープニングの「同じ月を見ている」から「MOON SONG」まで全10曲。お月様に見守られ、幻想の食卓でいろんなものを食べたこのライブだった。鳴りやまぬ拍手に押され、アンコールに出てきてくれた浩子さんは、やんややんやと盛り上がり続ける酔っぱらいの私たちを乗せ、「終電座」が光る夜空を周遊してくれた。
なんと贅沢な時間! なにもかもおいしかったが、最後に特筆すべきは「鯨のため息」だ。あの時、私たちは食べる側から、歌に飲み込まれる側になっていた。浩子さんの声がユラユラと波を作り、どっぷり、ゆったり、思考を沖へと運んでいく。気づけば会場のビルボードライブが海になっている。
私の斜め前の座席の人は、聞き惚れて、箸を口につけたまましばらく動かなかった。あの人はあのとき、遠く遠くに鯨と旅していたのではないだろうか――。抗えない。私たちは彼女のふんわりふんわり、しかしどこか、原始のかなたを見つめるような、その視線と歌声に、心を持っていかれる。
来年ついに55周年!秋からソロライブツアースタート
意外なことにMCで、ビルボードライブ大阪は初と話していた谷山浩子。これからも、どんな場所、どんな形で私たちを巻き込んでくるのかドキドキである。来年はデビュー55周年。今年の秋からのスケジュールも充実の布陣だ。9月9日には2010年代に発表された作品から厳選した楽曲を収録したセレクションアルバム『HIROKO TANIYAMA 2010s』がリリース。

そして、9月11日と13日にはライブ『谷山浩子・猫森集会2026』が開催される。毎回豪華ゲストを迎えるこのイベント、今回は11日にクリープハイプのベーシストである長谷川カオナシ、13日にはシンガーソングライターの古山菜の花が登場。さらに10月2日からは、電気文化会館 ザ・コンサートホール(愛知)を皮切りに『谷山浩子ソロライブツアー2026』がスタートする。
谷山浩子のライブはどこに連れて行かれるかわからない―― 。でも、必ず見たことのない美しい花が必ず咲いている。
2026.07.28