Z世代を代表するポップアイコン、オリヴィア・ロドリゴ オリヴィア・ロドリゴという存在を、どこか斜めに見ている音楽ファンは少なくないのではないだろうか。彼女は世界的なヒットを連発し、若い世代から絶大な支持を集めるポップスター。そして華やかなルックスとカリスマ性を備えた、Z世代を代表するポップアイコン。そんなイメージがあまりにも強いからだ。しかし、実際に彼女の音楽を聴いてみると、その印象は良い意味で裏切られる。
オリヴィアは決して突然現れたシンガーではない。幼い頃から俳優として活動し、ディズニー作品への出演を経てキャリアを積み重ねてきた、いわばショービジネスの世界で育った人物である。こうした経歴を持つアーティストは少なくない。サブリナ・カーペンターもその代表格だろう。しかし、同じようなバックボーンを持ちながら、2人が目指す音楽の方向性は実に対照的だ。サブリナがポップミュージックの洗練や遊び心を追求しているとすれば、オリヴィアはロックが持つ苦みや葛藤、内省へと向かっている。
オリヴィアのそんな資質はデビュー当初から感じられた。初期の作品にはグランジやオルタナティブ・ロックの影響が色濃く表れていた。怒りや苛立ち、孤独や自己嫌悪をむき出しにしながらも、最後は鮮やかなポップソングとして成立させる。その感覚は、アラニス・モリセットが持っていた剥き出しの感情や、初期ウィーザーにも通じる屈折したポップセンスを思わせる。ポップスターでありながら感情をきれいに整理しない。その少し不格好なリアリティこそが、若い世代だけでなく、ロックファンをも惹きつけた理由のひとつだろう。
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作品全体を貫いている恋をしているはずなのに拭いきれない不安や孤独 そして、2026年6月にサードアルバム『恋に落ちた女の子にしては、なんだかずいぶん悲しそうだね』(You Seem Pretty Sad For A Girl So In Love)がリリースされた。タイトルが示唆するのは、恋愛の幸福ではなく、恋をしているはずなのに拭いきれない不安や孤独である。アルバムを聴くと、その世界観が作品全体を貫いていることに気づかされる。
これまでの作品で存在感を放っていたノイジーなギターは後退し、アルバム全体を包むのは1980年代のニューウェイヴやポストパンクの空気感である。直線的なビート、どこか冷たさを感じさせるサウンド、そして憂いを帯びたメロディー。聴き進めるうちに、ニュー・オーダーやキュアーの音楽が自然と頭に浮かんでくる。ニュー・オーダーを思わせるビート感やシンセサイザーの響きと、キュアーを彷彿とさせる陰影あるメロディー。その融合が、このアルバムならではの魅力を生み出している。
今回の作品を語る上で欠かせないのが、ザ・キュアーのロバート・スミスとの関係だろう。オリヴィアは以前からライブでロバート・スミスと共演していたが、今回はアルバムにゲストボーカルとして迎え、デュエットを実現させている。親子以上に年齢の離れた2人の共演は、単なる話題作りとして片付けられるものではない。ロバート・スミスは、流行に迎合してコラボレーションを重ねるタイプのミュージシャンではない。その彼がオリヴィアと作品を共にしたという事実は、彼女の音楽が単なるポップスターの枠では語れない魅力を備えていることを物語っている。
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新しい感性に共鳴し続けているロバート・スミス 実際、オリヴィアの音楽には、ロバート・スミスが長年歌い続けてきたテーマとの共通点がある。それは、不安や孤独、そして自己の内面と向き合う姿勢だ。同時に、この共演はオリヴィアの魅力を示すだけではない。ロバート・スミスが今なお新しい感性に共鳴し続けていることの証でもある。だからこそザ・キュアーは、単なるレジェンドではなく、今なお現在進行形のロックバンドであり続けているのだろう。
グランジが怒りや憤りの爆発装置だとするならば、ニューウェイヴやポストパンクは自己の内面と向き合うための音楽といえる。今回のオリヴィアは、まさに後者の方向へと歩みを進めたのだ。恋愛や人間関係を歌っていても、その視線は以前にも増して自分自身の内側へ向かっている。だからこそ、ニューウェイヴやポストパンクのサウンドがこれほど自然に響くのだろう。
ボーカルも以前よりクールで大人びた表現になった。感情を爆発させるのではなく、その感情と静かに向き合うような歌唱が印象的だ。歌モノとしての魅力はむしろ増している。それでいて安易な売れ線には流れず、自らの表現を突き詰めた先に、このサウンドへたどり着いたように聴こえる。そして何より痛快なのは、その挑戦が世界中のリスナーから支持を集めていることだ。
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ロックは死んでいない 若いポップスターがニューウェイヴやポストパンクの感性を取り込みながら、メインストリームのど真ん中で成功を収めている。ポップとしての鮮度を失うことなく、ロックが長年抱え続けてきた苦みや内省までも表現してみせる。その姿勢には爽快感すら覚える。
『恋に落ちた女の子にしては、なんだかずいぶん悲しそうだね』。そんなタイトルを掲げた若いポップスターが、ザ・キュアーやニュー・オーダーにも通じる憂いと内省をまとった作品を作り上げ、それが世界中で支持されている。2026年に、こんな作品が生まれると想像していた人は決して多くなかっただろう。もし、最近のロックやポップミュージックがよく分からないと感じているなら、このアルバムをぜひ聴いてみてほしい。
そこには若さゆえの鮮度がある。同時に、ロックが長年抱え続けてきた苦みや内省もある。そして何より、音楽を心から面白がる自由な冒険心がある。ニューウェイヴをリアルタイムで通過してきた世代でさえ、その完成度には驚かされるはずだ。──ロックは死んでいない。少し意外な場所で、少し意外な姿になりながら、今も鮮やかに鳴り続けている。
2026.08.03