正に巨星墜つ。2016年11月13日、日曜の夜、レオン・ラッセル逝去の報が彼のfacebook公式アカウントで明らかにされた。
‘80年代でレオンを語るのは難しいと、僕は書きかけていた別のテーマでリマインダーのコラムをそのまま仕上げた。しかしその後はたと思い出した。ちょうど30年前の1986年、日本でレオンのささやかなリバイバルがあったのである。
この年、“アサヒビール1986年キャンペーンソング” と銘打って、レオンの代表曲の1つ「ソング・フォー・ユー」がコマーシャルに使われた。そしてこの曲は3月21日にシングルとしてリリースされ、6月21日はこの曲も収められた『ベスト・オブ・レオン・ラッセル - ア・ソング・フォー・ユー』がリリースされた(CDとアナログ盤)。
元々1976年にアメリカでリリースされた『BEST OF LEON』を日本独自のジャケット、タイトルでリイシューしたものであった。その曲目は…
A面:「ロール・アウェイ・ザ・ストーン」
「デルタ・レディ」
「タイト・ロープ」
「アウト・イン・ザ・ウッズ」
「シュート・アウト・オン・ザ・プランテーション」
「ストレンジャー・イン・ア・ストレンジ・ランド」
B面:「ハミングバード」
「ソング・フォー・ユー」
「レディー・ブルー」
「マスカレード」
「ブルーバード」
「バック・トゥー・ジ・アイランド」
改めて聴いてもほれぼれとする選曲と曲順である。名盤と言ってしまってよいであろう。
前年1985年に日本でリリースされたCD2枚組のベスト『イエスタディ・ワンス・モア』でカーペンターズにハマった僕は、彼女達がカヴァーしている「スーパースター」「マスカレード」「ソング・フォー・ユー」を作ったレオン・ラッセルにも俄然興味が湧き、このベスト盤のCDを購入した。なぜ「スーパースター」は入っていないんだと思いながら。
そしてレオンの原曲を聴いて彼のクセのある歌い方を始めとするそのアクの強さに驚いた。他の曲共々、正直に言って馴染むまでには少々時間を要した。しかしとにかく曲が粒揃い。そして時にエスニックな音を大胆に導入し、一方ではシンセも積極的に使うその音楽的個性は正に唯一無二。音楽はもっと幅を広げていいと教えてくれたのがレオンだった。カーペンターズがレオンへの入り口となった僕の様な人は決して少なくないのではないか。
しかしなぜ1986年にレオン・ラッセルだったのだろう。その答えはレーベルにあった。シングルとベスト盤をリリースしたのはCBSソニー(当時)の楽京(RACKYO)レーベルであった。
このレーベルのスタッフは全員女性。この年施行された男女雇用均等法の影響も強くあった模様。レーベルマークもヘアスタイルがラッキョウでヌードの可愛らしい少女だった。このレーベルはコマーシャルでしか聞けない曲をレコードリリースしたり、埋もれている名曲をコマーシャルによって甦らせるために作られたとのこと。そしてその第1弾がレオンだったのだ。
残念ながら本格的リバイバルとはいかなかったが、僕が大学生でレオンに出会えたのは間違い無くこのベスト盤のお蔭であった。楽京レーベルに感謝。ちなみにこのレーベルは違う名前で独立した会社となり今でも続いているのだが、現在のラインアップの中にレオンの名前は無い。
2016.11.18
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