ことさら胸に残る “大人の夏休み” ドラマ「ランデヴー」
今年の夏は長かった。10月頭までずっと半袖姿でアイスを食べていたし、セミは鳴き続けるわエアコンはつけっぱなしだわで、夏は一向に去ろうとしない。こんなに長く引きずる夏なんてなかなかないだろうと考えたら、この時季を楽しまない手はないと、久しぶりに “大人の夏休みドラマ” が観たくなった。
私は “大人の夏休み” を題材にした映画やドラマが好きだ。例えば山崎まさよしの主演映画『月とキャベツ』(1996)や木皿泉脚本によるド名作ドラマ『すいか』(2003)、黒木華が日常を投げだした先で恋をする『凪のお暇』(2016)もそう。ふらっと現状から離れてほんのひと時知らない所で生活を送り、人生をリセットするといった物語を “大人の夏休みドラマ” とくくるとすれば、大概の作品の舞台が夏であるのは、必ず終わってしまう楽しかった夏休みへの感傷が誰の心にもあるからかもしれない。
そんな “大人の夏休みドラマ” でもことさら胸に残る作品が1998年の夏に放映された『ランデヴー』だ。同年の野島伸司脚本『聖者の行進』や福山雅治主演の『めぐり逢い』といった大人気作が続くTBS系金曜ドラマ枠にしては、当時の平均視聴率は9.8%と振るわなかったが、令和になった現在でもニッチな人気を誇っている。
ちなみに、たぶん最終回に特別ゲスト出演したジョージ・チャキリスが関係して、DVD化はされていない。
脚本は岡田惠和、ゆるくてまぶしくて不思議な夏
脚本は岡田惠和。私は彼が書く決して派手ではないふんわりとしたファンタジーテイストのドラマが大好きで、それを一番最初に認識したのは萩尾望都原作のドラマ『イグアナの娘』(1996)だった。その後も『泣くな、はらちゃん』(2013)やNHK朝ドラ『ひよっこ』(2017)などを、じんわりとしたゆるさ、切なさに打たれて観続けている。
怪獣マニアの夫に愛想を尽かし、全貯金をおろして家を出た34歳の主婦アサコ(田中美佐子)と、彼女がふらっとたどり着いた川沿いの無国籍なホテルに住む42歳のポルノ作家マユミ(桃井かおり)。もう一度恋をしたい屈託のない女と恋を忘れた引きこもり系の女、中年女2人の間にひと夏の奇妙な友情が芽生えていく。
そんな彼女たちを外に引っ張り出して想い出づくりに参加するのが、まるで寅さんのような風来坊タケシ(高橋克典)と、借金を抱えた実家の船宿を手伝いながらバンド活動にいそしむ21歳のマモル(柏原崇)の岩田ブラザーズだ。
アサコは船宿の借金100万を肩代わりする代わりに「ひと夏だけ私の恋人になって」と契約を迫り、マモルはしぶしぶOKする。まるでエロババアのようだが、彼女がしたかったのは遊園地や映画デート、グループ交際、優しい会話や花火大会でのキスだった。そして4人はゆるくてまぶしくて不思議な夏をそれぞれの事情とともに楽しみ始める。
携帯電話もパソコンも一切ない世界で、誰もがよく食べよく飲む
「ほんと、変な夏! 絶対に忘れないだろうな、今年の夏。終わらなければいいのに」と、アサコが何度もつぶやくセリフが切ない。
ロケ地は現在も営業中の東京都品川区、勝島運河沿いにある「船宿いわた」。屋形船「いわた丸」も現物のまま登場する。その船の上に乗ってはしゃいだり、川べりに座って話し込んだり、無国籍屋台で中華をほお張ったり、女2人で飲んだくれたり、4人で車で海に行ってBBQをしたり、夜の釣り堀でアンニュイになったり、桟橋で足をぶらぶらさせたりしながら大人の夏休みは進んでいく。
携帯電話もパソコンも一切ない世界で、誰もがよく食べよく飲み、タバコをふかしまくる。連絡を取るのはお互いの居場所を訪ねていく現地集合だ。夏だから常に蝉の声がやかましいのだが、ドラマが進むと夕暮れの秋の虫の音がシーンを埋めていく。夏が終わりゆく予感。私はほおっとため息をつきながら、過去の思い出とドラマを重ねてみたりする。そんな変な夏が自分にもあったかな。あったかも、と。
ファンタジックでロマンティックなゆるい夏休み描写を彩る音世界
そんなファンタジックでロマンティックなゆるい夏休み描写を彩るのが、以下3アーティストの音世界である。
① 主題歌「here we are」 / 華原朋美 1998年7月29日に発売された12枚目のシングル。「また “I'm proud” のような曲を歌いたい」との朋ちゃんからのリクエストで小室哲哉が制作したという内省的で美しくドラマティックなバラードだ。オリコンチャート順位は最高位5位。朋ちゃん的にはいわゆる全盛期を過ぎたといえるような時期、レコード会社も変わり、小室との関係は実際はどんなだったのだろうと思いながら聴いていると、なんだか意味深な感じがしてくる。
オープニングではこの曲にのって海辺ではしゃぐ桃井かおりと田中美佐子が描かれており、過ぎ去った夏のセピア色の夢のような雰囲気が切ない。曲のサビと相まって妙に胸にキュンとくる。
② 挿入歌「Another World」 / No’Where マモル役の柏原崇(Vo)が実弟の収史(G)らと組んだ4人組バンドのデビュー曲(1998年9月9日リリース)。ドラマ内にメンバー全員がそのままの役で出演しており、第9話のライブシーンではたっぷりと柏原くん(愛称かっしー)の歌が堪能できる。当時はイケメン俳優としてアイドル並みの人気を誇ったかっしーだが、このバンドはブリットポップに影響を受けまくっており、はっきり言ってあまりに英国のロックスター、オアシスへのオマージュが過ぎた。兄弟でバンド、しかもかっしーは首をかしげて両手をジーンズの後ろポケットに突っ込み、少々だみ声を効かせたシャウトで労働者の憂鬱を歌う。ついオアシスのフロントマン、リアム・ギャラガーと比べたくなってしまうがとにかくカッコよかったのである。
2000年に解散してしまったが、シングルだけでもサブスク配信を希望したい。ちなみに柏原崇は現在内田有紀のマネージャーを務めており、もう表舞台には登場しないそうだ。
③『ランデヴー』オリジナルサウンドトラック チャクラやキリング・タイムで活躍し、並行して作曲家や音楽プロデューサーとして活動する板倉文が手がけたOST(Original Sound Track)。あまりに好きでサントラを買い求めたくらいで、もはや私の夏のBGMとなって久しい。甘やかで涼しげなスチールギターの音色で紡ぐ淡くノスタルジックな音世界が “大人の夏休み” の感傷を深く心の琴線に印象づけてくる。夏の終わりの夕暮れにいわし雲を眺めながらうっとりと聴きたくなる。
想い出を糧にして新たな日常へと一歩を踏み出していく
縮こまった本当の自分をお互いの中で大きく開放してのびやかになってゆくドラマの中の4人。でも大人だから、誰もがこの夏休みに終わりが来ることを知っている。一番難しいのは終わってからその先をどう歩むかだということも知っている。
最終回、アサコに向かってマユミが言う。「男なんかはね、替えがきくのよ。でも大人になってから出会ったあんたのような存在にはもう会えないでしょう!?」いかにも桃井かおりらしく泣き叫ぶ渾身のシーンで私は大泣きしてしまうのだ。
だって本当にそうだから。中年以降になってできた友達なんて宝物でしかない。
全11話を観終わると、ひんやりとした秋の風を感じるような気がする。“夏休み” は終わった。残したものも残ったものも何もない。誰もが想い出を胸に閉じ込め、想い出を糧にして新たな日常へと一歩を踏み出していく。前を向いて小さく一歩、また一歩。だって大人だから。
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2023.10.24