リレー連載【ミリオンヒッツ1994】 vol.19
Atomic Heart(アルバム)/ Mr.Children
▶ 発売:1994年9月1日
▶ 売上枚数:343.0万枚
売上340万枚超という爆発的なヒットを記録した「Atomic Heart」 今からちょうど30年前の1994年、シングル「CROSS ROAD」が前年からロングヒットし、上り調子の4人組バンドMr.Childrenは、次のシングル「innocent world」が清涼飲料水のCMに起用され、週間オリコンチャートで初登場1位、トップ10に14週間ランクイン。売上180万枚超を記録し、ついに大ブレイクを果たします。
9月1日、このシングル2曲を含むアルバム『Atomic Heart』が発売され、売上340万枚超という爆発的なヒットを記録。"男性アーティスト" のオリジナルアルバムとして最高の売上枚数となり、30年経った現在でも破られていません。これだけのメガヒットになったのはなぜか? 様々な要因があると思いますが、筆者は大きく3点挙げたいと思います。
1点目は "大ブレイクの勢いに見合ったクオリティ" です。『Atomic Heart』の発売初週の売上枚数は85万枚。スゴい数字ですが、90年代は発売初週でミリオンを記録するアルバムもあったことを考えると、やや控えめとも言える数字です。そこから340万枚まで売上が伸びたのは “ミスチルはアルバムも素晴らしい” と評価された結果なのだと思います。
2点目は "個々の楽曲の完成度が高い" ことです。『Atomic Heart』の収録曲はどれも、単独で聴いても十分な存在感と満足感があり、どれがシングルになっても遜色ないような完成度を持っています。初めてミスチルのアルバムを聴いた方々は “どの曲も良い” という満足感を抱き、過去のアルバムを知る方々は “それまでより個々の楽曲の存在感が強くなった” という印象を持ったのではないでしょうか。
そして、最後の3点目は “アルバム全体を通して聴いたときの聴き心地が素晴らしい” ということです。アルバムを聴き始めると、粒ぞろいの楽曲が次から次へと流れ、あっという間にアルバムを聴き終え、高い満足度が得られる、というのが『Atomic Heart』を聴くたびに抱く印象です。
「innocent world」から始まる聞きなじみのあるポップサウンド 筆者が特に強く感じている、アルバム全体の聴き心地という観点を、詳しく紐解いてみようと思います。『Atomic Heart』を聴くとき、筆者は常にアルバム全体を4つのパートに区切る意識を持っています。本記事では各パートを第1幕〜第4幕と表現します。
アルバム冒頭、プリンターの出力音という効果音「Printing」から始まり、デジタルサウンドやエフェクトがふんだんに使われ、エネルギーに満ちあふれた「Dance Dance Dance」、そのエネルギーを維持しつつロックバンドとしてのサウンドが響き渡る「ラヴ コネクション」までが第1幕です。
続いて「innocent world」が始まると、最初の2曲とは違う、聞きなじみのあるポップサウンドによって、第2幕が始まったように感じます。サウンドの流れは、初期のMr.Childrenらしさが色濃い「クラスメイト」に続き、次の「CROSS ROAD」ではポップながらも芯のあるバンドサウンドを響かせ、このアルバムの1つのクライマックスを迎えます。
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シティポップ的な疾走感ある「Round About 〜孤独の肖像〜」 『Atomic Heart』が発売された平成初期はまだまだカセットテープが主流で、CDからダビングした筆者のカセットは「CROSS ROAD」までがA面に収まり、B面は「ジェラシー」から始まっていました。そのように物理的に区切られたこともあって、「ジェラシー」から第3幕が始まるという意識が筆者には常にあります。「CROSS ROAD」の後「ジェラシー」で曲調がガラッと変わることも、その意識を生む要因になっています。
「ジェラシー」のアウトロの後、すぐにイントロ無しで「ASIA」の歌い出しが入り、2曲ともコードが同じAマイナーということもあって、この2曲はシームレスにつながっている感覚を持ちます。スケール感という共通項がありつつも、「ジェラシー」には独特の浮遊感、「ASIA」には骨太な雰囲気が感じられます。
続いて、雨音の効果音「Rain」が場面転換となり、第4幕に入ります。ユーモラスに自分を見つめる「雨のち晴れ」、シティポップ的な疾走感のあるサウンドで都会の孤独を歌う「Round About 〜孤独の肖像〜」、そしてアルバム曲ながらファン以外にも広く知られる「Over」という、存在感の強い3曲でアルバムが締め括られます。
それぞれのパートは、柔らかく始まり、固く終わる ここまで紹介した4つのパートを改めて示しましょう。
▶︎ 第1幕:「Printing」「Dance Dance Dance」「ラヴ コネクション」
▶︎ 第2幕:「innocent world」「クラスメイト」「CROSS ROAD」
▶︎ 第3幕:「ジェラシー」「ASIA」
▶︎ 第4幕:「Rain」「雨のち晴れ」「Round About 〜孤独の肖像〜」「Over」
筆者は、全パートに共通する "パート内の音楽的な流れ" があることに気づきました。その共通項は “柔らかく始まり、固く終わる” ことです。
効果音を除いた各パートの始まりは、サウンドにふんだんな遊びがある「Dance Dance Dance」、メロディアスな「innocent world」、浮遊感のある「ジェラシー」、ユーモラスな「雨のち晴れ」です。これらは、面白みや実験性があり、リズムよりもメロディーが強く感じられる楽曲なので、総じて “柔らかい" 印象があります。また、第1幕と第4幕の冒頭に入る効果音も実験的であり、柔らかい始まりをより強く印象づけています。
一方、各パートの終わりにある「ラヴ コネクション」「CROSS ROAD」「ASIA」「Over」はいずれも、ビートが明確なバンドサウンドが響き、堅実で安心感がありつつ力強い楽曲です。なので、これらを “固く" と言ってみました。
柔らかい曲や効果音で始まり、固い曲で一区切りがついて、再び柔らかい曲が来て次の展開が始まる、という流れが、アルバム全体にリズムやメリハリを生み、アルバムの聴き心地が良くなっているのです。
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今の自分を憂いながらも前に進もうとするMr.Childrenの世界観 次に、別の観点として、アルバム全体の流れに着目すると、第1〜4幕は “起・承・転・結” に対応していると筆者は感じています。
▶︎ 第1幕:エネルギーを巻き起こし(起)
▶︎ 第2幕:大ヒットシングル2曲を配して安心感を生み(承)
▶︎ 第3幕:スケール感による変化を与え(転)
▶︎ 第4幕:しっかりと聴かせる(結)
『Atomic Heart』が、全体をしっかりと聴き通すことができ、まとまりを感じるアルバムになっていると思う一因として、この起承転結の流れがあるのではないでしょうか。
特に “転” に当たる第3幕の「ジェラシー」「ASIA」は、それまでのMr.Childrenには無かった系統の楽曲ですが、第3幕は “転" として変化や次の展開を与えるパートなので、アルバムの流れの中で違和感なく聴けるのだと思います。
続く “結” に当たる第4幕の3曲は――
・「雨のち晴れ」 "会社" の中の自分
・「Round About 〜孤独の肖像〜」 "街" の中の自分
・「Over」 "2人" の中の自分
をそれぞれ描いており、今の自分を憂いながらも前に進もうとするMr.Childrenの世界観が視点を変えて表現されています。
中でも「Over」は、オーソドックスなサウンドで、歌詞も身近な情景を扱っているので、前の2曲よりも肩肘張らずに聴くことができ、メインディッシュの後のデザートの位置付けのように感じられます。デザートが美味だとコース料理全体の印象が良くなるように、存在感が強い楽曲が続いた後「Over」という終曲によって『Atomic Heart』が爽やかに締めくくられ、聴き終わったときの満足感が高まるように思います。
硬軟取り混ぜた「Atomic Heart」の珠玉の楽曲たち ここまで『Atomic Heart』がアルバム全体として聴き心地が良い理由を紐解いてきましたが、その内容は以下の3点に要約できます。
①アルバム全体が4つのパートで構成されている。
②各パートは、柔らかく始まり、固く終わる。
③4つのパートが起承転結を構成している。
これらは『Atomic Heart』の "楽曲構成" に関して述べていたものです。巧みな楽曲構成がアルバムとしての一体感や安心感を生み、それが "アルバム全体を通して聴いたときの聴き心地が素晴らしい" という印象に結びつくのだと思います。『Atomic Heart』大ヒットの一因は巧みな楽曲構成にあり … そう筆者は考えています。
発売から30年を経ても輝きを放ち続ける『Atomic Heart』は、硬軟取り混ぜた珠玉の楽曲たちが起承転結を構成するかのように配置されたことで、アルバムとしての一体感が形成され、聴き手が高い満足感を得られるアルバムです。ぜひ『Atomic Heart』を "全曲通しで" 聴いていただき、このアルバムの素晴らしさをご堪能いただければと思います。
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2024.09.06