一度たりともノスタルジーに惑わされることはなかった佐野元春の45周年
2025年は佐野元春レコードデビュー45周年のアニバサリーイヤーだった。その長きに渡るミュージシャンとしての軌跡は、弛まぬ深化と革新により築き上げられたもので、一度たりともノスタルジーに惑わされることはなかった。
1980年に、ロックンロールの衝動をダイレクトに打ち出した「アンジェリーナ」でデビュー。1982年にリリースされたアルバム『SOMEDAY』では、ソフィスティケートされたサウンドの中に、デビュー当時から掲げていた “荒廃した都市の中に息づくイノセンス” というテーマを内包。そこには街に息づくティーンエイジャーたちの煌めき、焦燥、希望といった感情の機微が見事にパッキングされていた。そして佐野は本作でメインストリームに浮上する。
翌年にはニューヨークへ渡り、黎明期のヒップホップを自身の解釈で取り入れたアルバム『VISITORS』(1984年)を発表。その後も現在に至るまで、コンスタントにリリースされた数々の作品で新境地を切り拓いていった。そして2025年、そんな佐野の45周年アニバーサリーの中核となったのは “元春クラシックスの再定義” だった。
アニバーサリーの締め括りにリリースされた「HAYABUSA JET Ⅱ」
今年の年明け早々には、多くのティーンエイジャーがアンセムと捉えた「ガラスのジェネレーション」(1980年)を再定義した「つまらない大人にはなりたくない(New Recording)」を配信。3月には同曲を含む再定義アルバム『HAYABUSA JETⅠ』をリリース。7月から始まり、全国をくまなく周った大規模な45周年アニバーサリーツアーは全てソールドアウト。12月の横浜BUNTAIでファイナルを迎え、来年に2ヶ所の振替公演と、東京と大阪の追加公演を残すのみになっている。
そして、このアニバーサリーの締め括りともいえる再定義アルバムの第2弾『HAYABUSA JET Ⅱ』が12月10日にリリースされた。再定義とは、セルフカバーとは違う。若き日の佐野元春が発表した名曲の数々に新たな息吹を注ぎ込み、言葉とサウンドに宿された真意を時代に即した最新型としてブラッシュアップさせるという試み。そこには、これまでのキャリアから解き放たれ、客観的な視点も踏まえ、自由な発想で、どのように時代に即したサウンドに仕上げていくかという意欲が潜んでいる。
この『HAYABUSA JET Ⅱ』に収録されている全10曲は佐野が1984年から2004年にかけて発表してきた曲だが、その全てに時代を超越した普遍性が宿り、ノスタルジーを振り切るような強い生命力が感じられる。アルバムから先行配信された「レイン・ガール」の重厚なギターサウンドが主体となったパワーポップ的解釈は、佐野が吐き出すリリックに躍動感をもたらせ、新たな時代と向き合う勇気が漲っていた。
未来を見据えた強靭な精神性が潜んでいる「VISITORS」からの再定義
本作では、佐野の大きな転換点となったアルバム『VISITORS』からの3曲が再定義されているのが興味深い。1984年のリリース当時は、革新的すぎるサウンドが賛否両論を呼んだ『VISITORS』だったが、今回再定義された3曲を聴いてみると、その本質には、今の世の中、そして未来を見据えた強靭な精神性が潜んでいることに改めて気付かされる。
▶︎「訪問者たち」(VISITORS)
▶︎「君を汚したのは誰」(SHAME ─君を汚したのは誰)
▶︎「新しい世界」(NEW AGE)
「訪問者たち」は、ヒップホップのエッセンスを全面に打ち出した当時の革新性そのままに、佐野自身が弾いたというシンセサイザーのリフ、そしてピアノやオルガンの特徴的な音色が果てしない空間を浮遊しているような感覚を与えてくれる。
「君を汚したのは誰」は、かつて「♪ I’m angry I’m so angry」と歌っていた部分を「♪君が愛しい 君がとても愛しい」と変え、耳元でささやくような歌い方が、さしずめポエトリーリーディングのような臨場感を生んでいる。あのアグレッシブな印象の強い楽曲が40年以上の時を経て、より身近に寄り添ってくる。
そして圧巻だったのがアルバムの最後に収められている「新しい世界」だ。ドラマティックで壮大なアレンジに心が吸い込まれる。THE COYOTE BANDのギターを主体にしたサウンドリメイクが「♪夜明けの光を待ちながら」というリリックを青春のひとコマに終わらせるのではなく、人生の新たな航海を示唆する力強い言葉として今の時代に響かせていた。
ロカビリースタイルにアレンジされた「吠える」
もちろん、これだけではない。1曲目にデビュー20周年の時にファンクラブ限定で披露された「君を想えば」(INNOCENT)をセレクトしたのは、ファンに対する感謝の思いに他ならないだろう。そして特筆すべきは、ライブの熱量を持ち合わせ、疾走感溢れるエネルギッシュなロカビリースタイルにアレンジされた「吠える」(Happy Man)だ。おそらく、オリジナルを知る誰もが想定外の再定義だが、前のめりな性急さをしっかりと踏襲している部分がたまらなく良い。このユニークかつ大胆な試みが『HAYABUSA JET Ⅱ』の妙味であり、常にピークを更新し続ける佐野のクリエイティビティが顕著に表れている。
「つまらない大人にはなりたくない」で幕をあけ、「新しい世界」で幕を閉じようとする2025年の佐野元春デビュー45周年アニバーサリー。それは、再定義という手法を用いて原点に戻ることで、一歩先を見据えるという姿勢を強烈にアピールしている。そして、その集大成といえる『HAYABUSA JET Ⅱ』は、この先も歌い続ける佐野元春の未来を照らし、そこに寄り添うファンの心を揺さぶり、覚醒させてくれることだろう。
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2025.12.28