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シティポップとロックンロール、矢沢永吉はどっち?

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photo:YAZAWA CLUB  

時代の転換期に生まれた音楽、シティポップ


今、80年代の音楽と言われて多く音楽ファンが真っ先に思い浮かべるのは、“シティポップ” かもしれない。この温故知新型のムーブメントは年齢層を問わず、広く深く浸透しているようだ。

シティポップの背景として語られる80年代前半というのは、豊かさに慣れはじめた人々の意識が、背伸びしたアーバンなライフスタイルに集中していった時代の転換期。精神的な拠り所を日常から逸脱したところに求めていた意識は大きく様変わりして、安らぎや刺激といった心の渇望をすべて “街” で満たしたいといった意識の変革だ。

それを象徴しているのが沢田研二の「TOKIO」やYMOの「テクノポリス」だと思うのだが、いわゆる近未来的な都市空間だけでは飽き足らず、街にリゾート感を求めるようになったことが、シティポップが浸透していった大きな理由ではないだろうか。

シティポップ、それは上質のスピーカーでヴォリュームを絞って聴く音楽


そんなシティポップの源流は70年代だ。1973年に結成された偉大なる先人、細野晴臣、松任谷正隆、鈴木茂、林立夫らが在籍したティン・パン・アレイあたりの音を聴いてみると、アーバンというよりもどことなくオリエンタルな印象がしたりもする。

言葉にしてみれば、自由、洒脱、洗練といったところだろうか。70年代にはそんな風がそよいでいたのだ。そして、綿密なアレンジと重厚なテクニックなど、どこ吹く風と思わせてしまう飄々とした空気感は、この時代の賜物ではないだろうか。

つまり、シティポップとは、そんな先人たちのつくりあげた巧みな世界観を礎としながら、その時代に即した音楽… 例えば80年代初頭であるならば、フュージョン、クロスオーバー・ジャズ、ボサノバなどを今でいうラウンジミュージック的な要素に落とし込み、綿密に練り上げられている。だから極上のBGMという捉え方もできる。だとすると、上質のスピーカーでヴォリュームを絞って流すというのが正しい聴き方ではないだろうか。

そんなことを考えると、シティポップの代表格として語られる大瀧詠一や山下達郎の音楽はどう解釈すべきなのだろうか? そう思ったのは山下達郎本人のこんな発言からだ。

シティポップ代表? 山下達郎の初期衝動はロックンロール!


「ロックンロールがなかったら僕は音楽家になっていない。だから、ロックンロールの何が好きかって言うとね、ロックンロールって言葉は、なにを表しているじゃないんですよ。スピリットなんですよ」

山下達郎のバックボーンを紐解くとなると、それは密林に入るがごとく先の見えない音楽の旅路になってしまうのだが、その初期衝動がロックンロールというのはなんとも興味深い。

確かに山下達郎は、シャネルズ、アナーキー、ブルーハーツなどのファンを公言しおり、78年には、日本のロックンロール・カルチャーを語る上では欠くことのできないクールス・ロカビリー・クラブのプロデュースを担い、今も名盤と語り継がれるアルバム『NEW YORK CITY. N.Y.』とシングル「センチメンタル・ニューヨーク」を作り上げている。ここからもシティポップ的な楽曲の綿密さやクオリティの高さより、プリミティブな衝動を優先した音楽の存在自体に恋い焦がれているのが分かる。

上記した氏の発言が大きなヒントとなったのだが、シティポップというざっくりとした大きな枠で語られるアーティストの中でも、ロックンロールをモチベーションとしている人たちは、その枠の中だけでなく、一個人が音楽ジャンルそのものとして語られている。例えば、伊藤銀次、佐野元春、杉真理といった大瀧詠一が主宰したナイアガラ・レーベルに関連した面々だ。やはり衝動を基盤とした音楽は綿密な音作りや超越したテクニック、優れた楽曲センスだけでは語り尽くすことのできない精神性を垣間見せているのだ。

矢沢永吉のリゾートミュージック、BGMでは終わらないスピリット


そんなふうに、シティポップとロックンロールの相関性を考えていて、ふと思い浮かんだのが矢沢永吉だ。普段、永ちゃんがシティポップとして語られることはあまりない。しかし、楽曲に潜むチルアウトさせてくれるリラックス感と繊細なメロディは、極上のシティポップに通じる洒脱さであり、この文脈で語られてもまったくおかしくない。

なぜ語られないのかという部分の極論は、彼の生き様にあると思う。つまり、キャロル時代にロックンロールを成功の手段として選んだ永ちゃんの衝動は、ソロになり、洗練されたバラードを歌う第二幕が開いても、寸分も変わらずモチベーションとして楽曲の中に潜んでいるからではないだろうか。

つまり、山下達郎の言うところのスピリットは、永ちゃんの生き方にも内包されているのだ。音楽との接し方、楽曲における表現方法や形態などが違えど、同質のものが存在していると思えてならない。それは、初めてロックンロールとコネクトした時に感じた衝動が歳を重ねてもも生き続け、巧みな技量、メロディセンスなど極めてプロフェッショナルな過程をも凌駕するポジションにあるということだと思う。

僕は、1978年の「時間よ止まれ」、1982年の「YES MY LOVE」、「ラハイナ」がアーリー80'Sを彩った永ちゃんの3大リゾートミュージックだと思っている。多くの人の心の色を変えるというシティポップの役割を果たしながらも、そこには従来のこの枠で語られるアーバンな80年代の憧憬や、若い人にとっての未だ見ぬあの時代の洗練された都市空間やリゾートのイメージでを含みながらも、今の時代をも華麗にメイクアップさせる普遍的な輝きに満ち溢れている。このBGMでは終わらない輝きこそが、ロックンロールの最大の効用性である。

2020.07.18
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