仕事で何回かインタビューして仲良くなったある30代女性が、10年越しのつきあいの恋人に失恋したという。納得の上自分から別れたものの、実は、その人を忘れられないとしんみりと語っていた。
私は励ますつもりで「地球上に男は何人いると思う?」と聞いた。2017年流行語大賞トップ10にリストアップされた、お笑い芸人ブルゾンちえみのギャグ、「35億」と答えてもらったうえで、「あと5000万!」とツッコミを入れて一緒に笑おうと思ったのだ。
するとその女性は、にこりともせず「ひとりです。私に必要な人は、たったひとり。他の男じゃだめなんです…」と言った。
「だよね~~~。そう言えば地球の人口って75億越えてるらしいから、ブルゾンのあれって正確に言ったらほぼ38億だよね!! アハハハハハ…」と言ったが、彼女は更に下を向いてしまった。私は、完全にスベった。
それはそうだ。他に37億9千9百99万9千9百99人いようと、好きになった人はたったひとりの、その彼。
他の誰とも代えられないから彼を愛して、今やその愛をなくした喪失感にさいなまれているのに、無粋なことを言ってしまった。
「他の男じゃだめ」
そこで思い出した歌は工藤静香の「黄砂に吹かれて」だ。この曲は工藤静香が19歳の時に発売したシングル。中島みゆき作詞だったために、みゆきファンの父がシングルレコードを買ってきてよく聴いていた。「若いアイドルらしからぬ表現力がある」と感心し、「苦しい顔をして歌うのがいい」と言っていた。確かに工藤静香はいつも眉間にしわを寄せて、時にはお腹を押さえながら歌うので、腹痛を抑えている人のようにも見えた。
「黄砂に吹かれて」のサビはこうだ。
あなたに似てる人もいるのに
あなたより やさしい男も
砂の数より いるのにね
旅人
砂の数ほど男なんているのに、どうして「他の男じゃだめ」になるのだろう。恋は一種の依存症であり、視野狭窄状態かもしれない。失恋で心に砂嵐が吹き荒れる狂乱状態を、なんとか鎮めようと歌いつつ、それでもこぼれ落ちてしまうエモーションがたまらない歌だ。
工藤静香がイイのは、特にタメとリリースだと思う。サビを一心不乱に歌いピークまで上りつめ、タメて、いきなり流し目で「旅人~」と、緊張感をリリースする。この瞬間急に、失恋を受け容れ、諦めの砂地獄にのまれていくかのような。この感情表現を10代でやっているのだから凄い。当時、自分の「たった1コ上」だとは思えなかった。
この歌の主人公は、他のみゆき作品にも通ずる、理性的ないい女ぶって、強がっている。恋を「微笑みずくで終わらせ」てしまう。それなのに「夢の中 悲鳴あげる」。そして心の中では、「うそつき うそつき うそつき」と本音がこみあげている。
当時これは彼に対する恨み言かと思っていたが、素直になれない自分に打っている楔のようにも思える。ひと「うそつき」ごとに、女の眉間の苦渋は深く刻まれていく。
そんな本音と、自ら恋を終わらせ、砂の数ほど男なんていると自分に言い聞かせる「いい女な自分」が錯綜し、砂漠を彷徨する終わりなき旅に出てしまう工藤静香。その苦しい顔は、笑顔の下で泣いている、強がりでええかっこしいの世の女たちの、嘆きの十字架を背負って黄砂の中進んでいるようにも思える。シンボルは、風にあおられる、トサカ前髪…。
「じゃあさ、元気になったらカラオケでも行こうよ!工藤静香歌いまくるから」と冒頭の失恋ガールにメールしたところ「ありがとうございます。でもそのチョイス!? ちょっと世代違いますよ~(笑)」とレスが来た。
失恋の傷はまだ癒えていないだろうけど、カッコつきで、やっと笑ってくれた。彼女にふりかかる黄砂の嵐が、早くやみますように。
歌詞引用:
黄砂に吹かれて / 工藤静香
※2017年10月20日に掲載された記事をアップデート
2019.09.06
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