9月6日

限界LOVERS で一気にブレイク! SHOW-YAとは寺田恵子のことである

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SHOW-YAのアルバム「Outerlimits」がリリースされた日(限界LOVERS 収録)
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SHOW-YA とは、日本ロック史上最高峰に君臨する ”女バンド” である。そして SHOW-YA とは、寺田恵子そのものでもある――。今回は SHOW-YA 最大のヒット曲「限界LOVERS」から、彼女たちの魅力を存分に検証してみたいと思う。


■ SHOW-YA デビュー

1982年の夏。高校1年生だった僕は、日本楽器製造(現:ヤマハ)東京支店主催のアマチュアバンドコンテスト『EastWest』に、パンクロックバンドで出場した。そのときの審査員は、たしか子供ばんどのうじきつよしだったと記憶する。僕らは予選敗退という散々な結果だったけれど、同じ大会の女性部門でグランプリを獲ったのが SHOW-YA だった。

SHOW-YA は、その後オーディションによって角田、仙波、五十嵐が新しく加入して、1985年8月「素敵にダンシング(Coke Is It)」を引っ提げメジャーデビューを果たした。


■ 受難の時代

プリンセス・プリンセスと SHOW-YA は、ポップロックとハードロックという対極に位置していたが、同時期に同じガールズバンドとして世に出て来たという経緯もあり、良きライバルとしてしのぎを削ることになる。ただ、お互い実力を持ちながらも世間への認知度はまだまだ低く、80年代後半に至るまで両グループとも振るわないセールスに悩み、そして模索していた。

そんな中、1988年2月「19 GROWING UP - ode to my buddy -」をリリースしたプリンセス・プリンセスが先にブレイクを果たす。1年先にデビューしていた寺田は落胆。起死回生を狙い、7枚目のアルバム『Outerlimits』(1989年9月)を制作するにあたり、今まで寺田が主に担当していた作詞を音楽家の安藤芳彦へ任せることになった。

そのときに、自身がずっと書き溜めていた日記を安藤に託したというエピソードがある。相当な覚悟だったろう。しかもそれだけでなく、楽曲制作の現場にプリンセス・プリンセスのプロデュースで成功したアレンジャー笹路正徳を迎え入れる決意もした。

当初、ソロデビューの話を全て断って SHOW-YA としてバンドデビューにこだわった寺田のことだ。歌詞も楽曲のアレンジもメンバーではない外部に託すのは忸怩(じくじ)たる思いがあっただろう。ただ、そんな悶々とした日々や、「もしこれでダメだったら…」などという心配は杞憂に終わった。

アルバムより先行して発売された8枚目シングル「限界LOVERS」(1989年2月)は、昭和シェル石油の CMソングとして採用されたことで進撃の狼煙を上げ、お茶の間の注目を一気に集めることに成功した。そして笹路が施した過激なヘビーメタルアレンジは一気にチャートを押し上げ、結果30万枚のセールスを記録した。

それによってライブ本数やテレビ出演回数が激増、ハードロック路線に舞い戻ることで彼女たちの本能を再び目覚めさせた笹路の功績は計り知れない。


■ そして頂点に立つ

寺田のボーカルを支えるバンドメンバーの実力も相当である。僕が特に注目するのはギターの五十嵐 sun-go 美貴と、ドラムの角田 mittan 美喜。五十嵐のギターの音がキレイなのは特筆もの。何しろピッキングの安定感とギターを操るパフォーマンスがとにかく格好いい。そんなギターテクニックは、そこいらの男子では足元にも及ばないだろう。

そして角田のドラム…。まったく揺るがないビートは力強く、細い体のどこにそのパワーが隠されているのかと驚かされるし、圧巻のパフォーマンスに惚れ惚れする。大胆さと繊細さを表現できるドラムテクニックはそこいらの男子を蹴散らすほどだ。

そう、SHOW-YA とは可愛さと全く別の次元にあり、男女の性差など軽々と飛び越えた特別の存在だ。「限界LOVERS」に続き「私は嵐」もヒットさせた SHOW-YA は、名実ともに女性が憧れるハードロックガールズバンドの頂点へと上り詰めたのだ。


■ SHOW-YA とは寺田恵子のことである

さて、自由奔放で知られる寺田だが、人気絶頂の1991年2月、ロサンゼルスから電話で一方的に脱退を告げ SHOW-YA を離れてしまう。本人曰く「もう嫌になって逃げちゃったんだ」とのこと。人気とは裏腹に、精神的ストレスと身体とのバランスが取れなくなり限界だったのだ。その後寺田は1年半ほどの充電期間を経てソロ活動を始める。アコースティックギター1本で全国を回ってみたりもした。

その頃 SHOW-YA は、脱退した寺田の代わりに新しくヴォーカリストを迎え入れていた。しかし試行錯誤を繰り返した結果、惜しまれつつも98年に解散をした。

「バカだからさ、自分でやってみて痛い目を見ないとわからないのよ」と、寺田は当時を振り返る…。ソロとして活動後、勝手に飛び出した寺田であったが、再び SHOW-YA として活動を始めたいと一念発起する。メンバーひとりひとりに頭を下げ、口説き、5年の歳月を掛け2005年10月に SHOW-YA は再結成を果たした。

それだけの想いを寺田はメンバーに抱いていて、きっとメンバーも寺田のいない SHOW-YA はあり得ないと考えていたのだろう。友情とか信頼とか、そんなアツい感情は彼女たちにしかわからないけれど、決裂したバンドが同じメンバーで再結成するというのは極めて稀な例だと思う。まさに寺田あっての SHOW-YA なのだ。


■ 熟女の実力とこれからの未来

寺田の声質は元来ソプラノで、高校時代は先生に合唱部入りを勧められたことがあるほど。ただカルメン・マキの歌声に心底憧れていたこともあり、敢えて声を潰したという。そんなハスキーな歌声はデビュー当時から魅力があったけれども、ここ数年は年齢分の厚みが加わったこともあり、以前にも増して迫力ある声になったと感じている。

そのことは、2017年『We ROCK』で発表された「実力派女性ミュージシャン・ランキング」のヴォーカリスト部門で寺田が1位に輝いたことでも証明された。これは一般人が選ぶのではなく、女性ミュージシャンが選ぶということからもその実力が本物であることを物語っている。

話は前後するがもうひとつ。SHOW-YA デビュー30周年時にリリースした「Glamorous Show~Japanese Legendary Rock Covers」(2014)というカバーアルバムが強烈だ。

これは「紅」」(X JAPAN)「HOWEVER」(GLAY)「虹」(L'Arc~en~Ciel)など全11アーティストをカバーしていて、この MV が超絶に格好いい。

バンドとしての音がガッチリとキマっていて、本家とは別の、SHOW-YA としての魅力が満載なのだ。MV の映像は震えが止まらないほど刺激的であり、それは SHOW-YA が紛れもなくライブバンドだということを証明する。

寺田はよく「熟女なめんな」と発言するけれど、本当に痺れるほど磨きがかかっているのだ。このアルバムは同業のミュージシャンからも高く評価されている。

このように、いまや寺田は女性ミュージシャンをはじめ皆から愛され、「姐さん」と呼ばれる憧れの存在となった。ただ、寺田ひとりではここまで存在が大きくなることはなかっただろう。それは SHOW-YA の一員として、演奏を支えるメンバーと寺田が一体になることで最大の魅力が発揮されるからだ。

最後にもう一度言う。

SHOW-YA とは寺田恵子のことである。

そして、寺田恵子とは SHOW-YA というバンドなくしては語れない美しきロックシンガーなのだ。

2019.05.15
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