渡辺真知子「迷い道」でデビュー
1978年3月、TBS『ザ・ベストテン』で「迷い道」を歌う渡辺真知子を初めて見た時、なんという新人が出てきたのだろうと思った。当時、歌の巧い歌手はたくさんいたけれど、他に類を見ない、体全体で表現されるパフォーマンスに圧倒されたのだ。
一方で自作の「迷い道」があまりによく出来た歌だったので、もしかすると一発屋で終わってしまうのではという危惧もあった。だが、一中学生のそんな勝手な心配をよそに、2枚目のシングル「かもめが翔んだ日」も見事にランクインして日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。さらに「ブルー」や「唇よ、熱く君を語れ」などもヒットさせて、日本のポップス・シーンに欠かせない最高の実力派歌手になってゆく。
小坂明子「あなた」に触発、小学生の頃から膨らませた歌手への夢
生まれは神奈川県横須賀市。音楽好きの一家の中で育ち、小学生の頃には歌手になりたいという夢がふくらんでいったという。高校生になるとフォークソングのサークルに入り、兄のギターで早くも曲作りを始めた。1974年に大ヒットした小坂明子の「あなた」に触発されたところが大きかったようだ。
友人が応募してくれて初めて挑んだポプコンで審査員特別賞を受けたのは単なる運だけではなかった。学園祭で歌を披露すると多くの観客を集め、ポプコンにも連続出場を果たした。
レコード会社からデビューの話が舞い込んだが、短大卒業まではアマチュア生活を続け、洗足学園の音楽科でクラシックを学んだり、地元で活動していたロックバンドにヴォーカルで参加するなど、様々なジャンルの音楽を取り込んだことは後に様々な場面で活かされることになる。その間にもちろん曲作りも続けていた。
セカンドシングル「かもめが翔んだ日」も連続ヒット
卒業後に当時のCBSソニーからのデビューが決まるも、最初の曲「迷い道」にはディレクターからのOKがなかなか出ず、実家の横須賀と市ヶ谷を何度も往復して曲を作り直すこととなった。
そんな苦労の甲斐あって、1977年11月1日に発売されたレコードは累計80万枚の大ヒットを記録。さらに第2弾の「かもめが翔んだ日」では作詞が伊藤アキラに委ねられ、連続ヒットとなった。担当ディレクターは天地真理やキャンディーズ、五輪真弓らを手がけてきた中曽根皓二氏であった。
詞先の作品「かもめが翔んだ日」綿密に計算され尽くした結果のヒット
以前、伊藤アキラ氏のトークショーの進行役を務めさせていただいた時にいろいろと伺った中で「かもめが翔んだ日」にも話が及んだ。中曽根ディレクターからの依頼は、渡辺真知子の出身地である横須賀を背景にして、登場する男性は画学生のイメージでということだったという。「海、港、画学生」……かくしてあの歌詞が生み出されたのだ。それに渡辺が曲をつけた、いわゆる詞先による作品であった。
こだわるタイプの中曽根ディレクターは出来上がったものに導入部のインパクトを求めてさらなる注文を寄せ、冒頭の2行の詞が追加された。渡辺の曲もそこへ後から乗せられたのだが、それは別の作品用のモチーフだったメロディがたまたま填まったそうで、それもまた中曽根ディレクターの慧眼だった。
たしかにあの冒頭部分があるとないとでは全然違う。いきなりダイナミックな歌声で聴く者をグッと惹き付ける展開。もちろん渡辺自身によるメロディと人並み外れたヴォーカルの魅力あってこそではあるが、プロの作詞家が起用されての「かもめが翔んだ日」は、綿密に計算され尽くした結果のヒットであったといえる。
その後、渡辺が音楽シーンの変化から壁にぶち当たってアメリカに滞在していた頃、通っていたアリゾナの語学スクールのイースター・パーティーで、「かもめが翔んだ日」を歌ったところ、スタンディングオベーションが起こるほど絶賛されて感激し、自分にはやっぱり歌しかないと再認識したという話もある。
ノーベル化学賞受賞には「迷い道」が大きく貢献
最近になって渡辺本人から「迷い道」に関する興味深いエピソードも披露された。ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏との対話で、「迷い道」の歌い出しがなぜ「過去・現在・未来」ではなく「現在・過去・未来」なのかと疑問に思っていた吉野氏が、未来を見据えた研究を進めている時にたまたま「迷い道」が流れ、「現在から過去を振り返り、それから未来を予測することが大切だ」と思い立ったことが、リチウムイオン電池の開発へ繋がったという話。それから40年後のノーベル化学賞受賞には「迷い道」が大きく貢献していたのだ。
その後もジャンルにとらわれず、ジャズやラテンなどのスタンダードもレパートリーにして活動を続ける渡辺真知子の声量はまったく衰えを見せない。ずっと歌の力を届けてゆきたいと語る渡辺の表情に一切の迷いが見られないのは実に頼もしい。歌手・渡辺真知子はもうすぐデビュー45周年を迎える。
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2021.10.23