まるでアイドルになることが分かっていたかのような “菊池桃子” という名前
私が80年代の歌謡曲に傾倒していたのは大学生の頃なので、今から20年ほど前のことになる。サブスクはおろかYouTubeもまだなかった時代、いわゆる “懐メロ” と呼ばれるひと昔前のヒット曲や歌謡曲に触れるためにレンタル店や中古店へ通い、CDを借りたり買ったりして過ごした日々が懐かしく思い出される。
そんなある日、吉祥寺のCDショップで “か" 行のCD棚をあさっているときに手にしたのが菊池桃子のベストアルバムだった。当時、私は彼女のことを、それこそ顔と名前も一致しないレベルでまったく知らなかった。もちろんベストアルバムの収録曲さえ1曲も分からない。にもかかわらず、まるで運命の赤い糸に引き寄せられるかのようにCDを手にとり、購入したのは、ジャケットに写る制服姿の彼女があまりにも、あまりにも可憐だったからに他ならない。
調べれば調べるほど、私は彼女の魅力にズブズブとのめり込んでいった。こぼれそうなほど大きな瞳と、美しい曲線を描いた二重まぶた。まるでアイドルになることが分かっていたかのような “菊池桃子” というプリティな名前(芸名ではなく本名なのである)、透明感のある声と清楚な言葉づかい……。80年代の “親衛隊" と呼ばれる若者たちの熱狂を追体験するかのように、私はあっという間に彼女の虜になっていた。
近年、サブスクの普及によって80年代アイドルにハマる若者たちが増えているそうだが、その入り口となっているのは主に音楽的な魅力であるようだ。私が菊池桃子のファンになるきっかけはその可憐なルックスだったが、彼女の音楽を浴びるように聴くうちに、その魅力の本質が歌声や楽曲にあることに気付かされた。
菊池桃子デビュー40周年記念ベストアルバム「Eternal Best」
今回、菊池桃子デビュー40周年記念ベストアルバム『Eternal Best』が9月18日にリリースされた。Disk1はアイドル期、Disk2はラ・ムー及び91年リリースのソロアルバム「Miroir-鏡の向こう側に-」の人気曲に加え、昨年発表された新曲「Starry Sky」を含む15曲ずつ、全30曲がセレクトされている。また秘蔵コンテンツ満載のCDブックレットも付属するなど、ファン垂涎のマストアイテムである。
一連のサウンドを手がけているのは、オメガトライブのプロジェクトや、杏里「悲しみがとまらない」、また近年におけるシティポップ・ブームの象徴ともいえる松原みき「真夜中のドア〜Stay With Me」のコンポーザーとして脚光を浴びていた林哲司。林といえば哀愁感の漂うサウンドが特徴だが、菊池桃子は “陰” の気を持つタイプではなく、快活明瞭な “陽” をまとったアイドルである。人並みのクリエーターなら跳ねるようなアイドルソングを作りたくなるところ。しかし稀代の天才である林は無難な路線には走らず、「青春のいじわる」というアイドルらしからぬアンニュイの極致のような楽曲をデビューシングルとして提供したのである。
海外の音楽ファンからも評価が高まっている「OCEAN SIDE」
さらに、シングル2枚をリリースした後に発表したファーストアルバム『OCEAN SIDE』は林が得意とするシティポップを前面に打ち出しつつ、歌謡曲との融合を試みた洋楽志向の意欲作が多く収録されており、近年ではシティポップブームを背景として海外の音楽ファンからも評価が高まっていると聞く。
水着姿の桃子が水面に浮かんでいる本作のジャケット写真は、なるほど洋楽のレコードかと見紛うほどスタイリッシュで、アイドルの作品でありながら桃子本人の表情がほとんど隠れてしまっているのも異質だといえよう。こういったことからも、菊池桃子はアイドルの枠を超えた存在として売り出されていたのかもしれない。
当時の史上最年少記録で日本武道館単独公演を成功
レコードデビューから1年足らずの85年2月には当時の史上最年少記録である17歳で日本武道館での単独公演を成功させると、その後も卒業ソングの名曲「卒業-GRADUATION-」、主演を務めた映画のテーマソング「BOYのテーマ」と立て続けにヒットを飛ばし、桃子は駆け足でトップアイドルの座に上り詰めた。
同年9月に6枚目のシングル「もう逢えないかもしれない」をリリース。秋の情感を交えつつ、別れの瞬間をドラマチックに描いた本曲は、本人が出演するグリコ “ポッキー”のCMソングにも起用された。個人的に桃子の作品の中で一番好きな曲は、この「もう逢えないかもしれない」である。
86年に入っても勢いは衰えるところを知らず、打ち込みサウンドが新鮮な「Broken Sunset」、有川正沙子が作詞を務めた「夏色片想い」がスマッシュヒット。そして9枚目のシングル「Say Yes!」では『ザ・ベストテン』で意外にも自身初となる1位に輝いた。ちなみに週間オリコンチャートでは「卒業-GRADUATION-」から「アイドルを探せ」まで7作連続で1位を獲得している。
ブラックミュージックを大胆にフィーチャーした “ラ・ムー”
一時代を築いた “アイドル・菊池桃子” は12枚のシングルと3枚のアルバムを残して幕を引き、88年からは女優として、そして音楽面では時代の一歩先を行くエレクトロファンクを大胆にフィーチャーしたバンド “ラ・ムー”(RA MU)のボーカルとして活動を開始する。バブリーかつSFチックなメイクと衣装をまとい、R&Bやファンクを歌い踊る桃子の姿はあまりにも斬新で、まだアイドル時代の清純イメージが人々の印象に残っていた当時、この唐突な “イメチェン” が戸惑いを生んだのは仕方なかったのかもしれない。
わずか1年余りで自然消滅してしまったラ・ムーであるが、アイドル期の楽曲同様、近年になってYouTube等を通して “発掘” され、海外の音楽マニアを中心に再評価の機運が高まっている。おそらく桃子自身、まさか30年以上の時を経てラ・ムーが海を超えて世界でも注目を集めるとは想像もしていなかったのではないだろうか。
かく言う私も後追いファンでありながら、ラ・ムーの楽曲をあまり深く聴いてこなかったのは痛恨の極み。時代を先取りしすぎたためリアルタイムでの評価には繋がらなかったものの、このタイミングでのベストアルバムリリースは、菊池桃子の多面性をより実感できることになるだろう。
Information▶ 菊池桃子40周年記念ベストアルバム「Eternal Best」
▶ CD2枚組 ¥6,600(税込み)
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CDリリース情報https://vap.lnk.to/eternalbest
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2024.09.18