ヘンテコテクノポップ? チャクラのラストアルバム「南洋でヨイショ」
私にとって日本最強の歌姫といえば小川美潮である。音域豊かで伸びやか、軽やかに弾むようなコロコロとした声が大好きだ。フリッパーズ・ギターのコーラスやコンビニなど数々のCMソングを彩ってきた、クイーンオブコロコロボーカルだ♡
大学時代のバイト先、廃盤レコード屋でチャクラと出会い、そのヘンテコテクノポップワールドと小川美潮の歌に夢中になったのが1987年頃のこと。チャクラのレコードは既に貴重盤で、私が買ったセカンド『さてこそ』はプレミア付きで3,500円だった。
サードアルバムは欲しかったが、なかなか棚に並ばない。やっと入荷した時は、オークション素材なのでと売ってもらえず(結局高くて買えなかったけど)、それでも店長に頼み込んでカセットに録音だけさせてもらった。
そのサードアルバム『南洋でヨイショ』は、1983年チャクラ名義でリリースされたラストアルバムでもある。オリジナルメンバーの板倉文&小川美潮の2人に加え、仙波清彦や村上ポンタ秀一などが参加した、シュールでサブカルチックで、終末観やセンチメントも漂う傑作だ。
名曲であり鉄板曲、「南洋でヨイショ」の終焉を飾る「まだ」
そして『南洋でヨイショ』は私のマスターピースになった。特に最後の曲、「まだ」~「テーマ」は、初めて聴いてから今に至るまで、我が人生の出会いと別れのテーマソングと言ってもいい。小川美潮はこれらの曲をこんなふうに語っていた。
「まだ」はチャクラが終わって離ればなれになる予兆が曲によく現れています。「テーマ」はチャクラからのさようならです
ちなみに「まだ」の歌詞はこう。
何もかもがいつもきせきのように
うまくめぐることはないのね
ただみんなが笑ったり 悲しんだり
何度も 何度も 繰り返す
どんな人も心の中は自由で
小さな羽も かがやいているの
ただじぶんのことばかり 考える時は
なぜだか 素直にはなれない
思い出す小さな私を
しまい込んでうそをつくのよ
あれは確か1992年、たぶん小川美潮 with エウロパ名義で活動していた頃に一度ライブを観に行った。彼女は最後の最後にこんなMCから「まだ」を歌ってくれた。
次は最後の曲です。でもじゃなくって、もうじゃなくって「まだ」
会場があまりに大盛り上がりで、ああ、これは鉄板曲なんだな、とやっと知った。そして、「まだ」を歌える人がこんなにもいるなんて!と感激した。当たり前か。名曲だものね。
2019年、世紀の名曲をカバーした地下アイドル 姫乃たま
時は流れて2019年、この世紀の名曲をカバーした強者がいる。その名は姫乃たま。当時はまだ地下アイドルだった姫乃たまちゃんだ(スカートのカバーも良かったけど!)。
私が姫乃たまを知ったのはたまたま前作を気に入ったことからで、マルチな才能と、時に母親のような、時に最終兵器彼女のような立ち位置の歌の振り切り方に魅了されたのだった。最新作『パノラマ街道まっしぐら』は、カーネーションの直枝政広や町あかり、長谷川白紙などの豪華作家陣を迎えた初のメジャーリリース盤。
これがまた素晴らしいアルバムで、ポップスの粋を撒き散らし、遊び心とチャーミング感たっぷり、しかも切ないときている。ラストを飾るのはチャクラのカバー「まだ」である。個人的には続けて「テーマ」もカバーしてくれたら大団円なのにな、と勝手な妄想を膨らませた。でも姫乃たまにとって大団円はきっと「まだ」なのかな。なんてね。
姫乃たま版「まだ」は軽やかなアティテュードがつるんと弾む素敵なナンバーに仕上がっていた。だが、なぜ今「まだ」…? 謎が謎を呼び、発売当時ふとTwitterで「姫乃たまはどうしてチャクラをカバーしたのかな?」と呟いたことがある。すると、姫乃たまちゃんはするっとリプライをくれた。嬉しかったけど、びっくりしたなぁもう!!
「2019年も名曲で、心情にぴったり合ったからですー」だって。ふむ。
また、ご本人のツイートをたどり、アルバム発売直後の平成の終わる日、4月30日に地下アイドル卒業コンサートを開催するという情報を手に入れた。さまざまな思いが詰まった「終わり」のコンサート。翌日には、ファン歴の薄い私にも熱い思いと覚悟とファンへの感謝が伝わる圧巻の肉薄レポートを本人がUPしている(下記のリンクを参照)。
その文を読んだ私はね、「なぜチャクラをカバーしたのか」という呟きへの詳しい答えまでもらったような気がしてしまったのよ。ステージを観てもいないのに。心を走り去る過去とロマン。ファンと自分へのメッセージ。姫乃たまちゃんの文章には次のステップへの予兆と熱いしなやかさがあった。
ちょっとずつ人間は変わっていく、完成形などない、ずっとずっと未完成
月日は巡り、2020年4月30日。ライブからちょうど一年が経った、コロナ禍真っ最中のその日。姫乃たまは平成最後のライブ映像を1日だけ無料でインターネット配信した。地下アイドルのライブのことなど何もわからない私ではあったが、本人による圧巻のライブレポを読んでいたこともあり、かなりの期待を持って観た。素晴らしかった。とにかく素晴らしかった。もう部屋でスタンディングオベーションするしかなかった。行かなかったことを後悔するライブ。そして次の機会を死ぬほど楽しみにできるライブ。
本編の終盤に「まだ」の出番がやってくる。サブメッコの大漁旗ワンピースに身を包み、ゲストコーラスに宮崎奈穂子を迎え、澤部渡(スカート)や佐藤優介らの生バンドメンバーをバックに、ほわんと歌い上げる姫乃たま。地下アイドルの終焉、平成の終焉、終わりの節目を飾る、みんな大好きなチャクラのカバー。
外が暗くなれば 淋しくなるし
かんちがいの 恋もしてしまう
でも すべては正しい まちがいなの
誰だって 誰かに愛されたい
時がたって 元気になったら
笑いながら どこかで会おう
胸の中は ぐらぐら揺れてる
私達まだ未完成
姫乃たまはライブの終わり、ステージに展開されていた大掛かりな木製の大道具をぶち壊した。キーボードもぶち壊した。瓦礫の山と化した舞台の上から満足げに微笑んで立ち去り「まあ、また始めましょう」と言った。「アンコールはなし。なんでもいつ終わるかわからないから、どうか後悔の少ない人生を」と。
スクラップ&ビルド! ノーフューチャー&デストロイ! これは大団円なんかじゃない! なぜだろう、私は涙が止まらなくなった。
新型コロナウイルスの猛威を肌身で感じ、新しい習慣や生き方を模索しなければ、変わらなければ、と強迫観念のように考えていた頃だ。誰とも会えなくなり、不安ばかり増し、日本は、世界はどうなっていくのだろうと漠然と希望が持てなくなっていた頃だ。
そんな時、時がたって元気になったら、笑いながらどこかで会おうと姫乃たまは歌い、肩の力を抜いて新しい時代を恐れずに生きましょうと、今そこにある過去をぶっ壊したのだった。
変わりたい、変わろうと思う人が変わる。変わらない人はきっと変わりたくないのだろう。だけどそれでもちょっとずつ人間は変わっていく。変わらないことなどないのだ。それはそれでよいのだ。完成形などないのだ。ずっとずっと未完成で生きていく。
小川美潮と姫乃たま、未来に続く希望と再生と問いかけ
と、そんなふうにチャクラづいてた私のもとに、2019年暮れ、いきなりの未発表ライヴ音源リリースの報がやってきた。チリの熱狂的チャクラマニア、ゴンサロ・フエンテス氏の発案によるCD2枚組激レア音源集が発売されるというのだ! アンビリーバブル! 何という福音! 最初は輸入盤を買ってしまい、ブックレットのぎっちりの英語インタビューがわからずに泣き笑いだったのだが、2020年1月に無事日本盤がリリースされ、詳細が読めた。すごいなぁチリのファン!
もちろん「まだ」も「テーマ」も収録されている。音の丸みとアナログ感がたまらない、大阪「バーボンハウス」でのライブバージョン。
小川美潮はこんな風に発言していた。
私はチャクラに入ったことで歌というものをよく理解できるようになったのではないかと思います。自分がどう歌いたいかではなく、その歌がどう歌われたいか
小川美潮の歌と姫乃たまの歌――
「まだ」が描く別れ、予兆、男女、友達、仲間、人生、未来に続く希望と再生と問いかけ。
これからもずっと聴いてゆくだろう。何か、誰かとの別れや出会いのタイミングで必ず思い出すだろう。
でもじゃなくって、
もうじゃなくって、
昨日じゃなくって、
今日じゃなくって、「まだ」。
2020.06.23