11月10日

ジョン・レノン「スターティング・オーヴァー」:OSAKA TEENAGE BLUE 1980 vol.8

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OSAKA TEENAGE BLUE 1980~vol.8

■ ジョン・レノン『スターティング・オーヴァー』
作詞:ジョン・レノン
作曲:ジョン・レノン
発売:1980年11月10日

1980年、校内暴力と学級崩壊がやってきた


1980年春、僕は中2になった。

担任は隣の中学から赴任してきた英語の先生だった。年の頃は30代の半ば。線が細く神経質そうな感じはしたものの、すらっとした長身で、また、アメリカ留学経験があったらしく、英語の発音は抜群。すぐに女子生徒の人気の的となった。

僕自身も、彼の英語の発音に魅了された。中1のときの英語教師の発音が、中1にもバレるようなデタラメなものだったので、「やっと本物の英語が学べる」と喜んだものだった。

喜びはつかの間だった。

不良たちには、学校を飛び越えた独自のネットワークがある。ネットワークは、彼についての、あまりにも悲劇的な情報を伝達した。何でも、去年、隣中で担任を持っていたときに、クラスの不良たちとぶつかり、いや、完全にやり込められ、今で言う「学級崩壊」を起こしたのだという。

そのクラスの崩壊っぷりは半端なものではなく、彼が持っていたクラスから、隣中全体に校内暴力が吹き荒れ、結果として、隣中からつまみ出されるかたちで、彼は僕たちの中学に来たのだという。言ってみれば、その年の秋から放送された『3年B組金八先生』(第2シリーズ)における加藤優(直江喜一)の教師版だ。

そんな情報はガソリンとなって、僕のクラスの不良たちを燃え盛らせた。

「先生、隣中で、去年、ヤンキーにボコボコにされたんやて?」

英語の授業、そしてクラスの崩壊への号砲は、クラスの番長的役割だった男子のこの一言だった。線が細く神経質そうな彼の身体は後ずさり、顔からは血の気が引き、明らかにうろたえた。

「この中学は、隣中よりもしんどいでー」

と言って、番長は彼の首根っこをつかんで押し上げる。「やめなさい、やめな……」と口ごもりながら、彼はされるがままである。

結局、その日から、彼が仕切る英語の授業とホームルームは、無法地帯となった。教壇で彼が何かを喋っているのだが、誰も聞いてはいない。不良たちは教室の後ろで自由に遊んでいる。もちろん、女子からの人気も急落だ。

僕は、荒んだ光景を、ただ黙って見ていた。彼の味方にも不良の味方にもならず、声を潜めて、時の経つのを待ち続けた。

FM大阪が教えてくれたジョン・レノンの新曲「スターティング・オーヴァー」


秋になった。

クラスの崩壊は、僕の中学生活をも崩壊させたようだった。クラスがつまらなければ、部活も面白くない。とにかく1分でも早く帰宅することを意識した。学校にいたら、いつどこで、荒んだ光景が目の前に広がるか分からない。いち早く脱却したかった。

家に帰ってFMラジオをよく聴いた。兄貴との相部屋に、親がシステムコンポを買ってくれたのも、この頃だ。ラックに付いている透明ガラスの観音扉を開けて、プリメインアンプとチューナーのスイッチを入れる。チューナーの後部から伸びる、黒くて細いFMアンテナが85.1Mhz、FM大阪の電波をチャッチする。

チーン

仏壇に置いてある円形の金属を鳴らしたような音が、スピーカーから突然聴こえてきた。

チーン チーン

何度も繰り返される。そして歌が始まる。

―― ♪ Our life together is so precious together

明らかに聴いたことのある声だ。でも誰だか分からない。シャッフルビートに乗って、大人っぽいサウンドが続く。曲が終わってDJが言った。

「いよいよ。お待ちかねのジョン・レノンのニューシングルが発売されます。曲名は『スターティング・オーヴァー』」

ジョン・レノン? ビートルズの?

そのころ僕は、ビートルズを聴き始めていた。当時再発されていたシングル盤を、お小遣いをためて1枚1枚買い集めていて、また、友だちや友だちの兄貴からLPを借りて、カセットテープにダビングしていた。

だから、『スターティング・オーヴァー』のジョン・レノンの声にも、何となく聴き覚えを感じたのだろう。

しかし、ビートルズより大人っぽい『スターティング・オーヴァー』のサウンドには食指が動かなかった。今の僕には、初期ビートルズのロックンロールの方が正直だと思った。そしてさらに思った――

「『スターティング・オーヴァー』って、どんな意味やろ?」

学校から逃げながら、ビートルズを聴きながら、秋は深まっていく。

もたらされたジョン・レノンの訃報


その日突然、ラジオが大騒ぎになった。FM大阪のDJたちは、ずっと同じ話をしていた。

「ジョン・レノンが―― 撃たれました」

ラジオだけではない、テレビのニュースもトップで報じていた。

「アメリカ・ニューヨークで、現地時間の12月8日、元ビートルズのジョン・レノンが、銃で撃たれて亡くなりました。40歳でした」

ビートルズ・ビギナーだった僕は、事の重大さがまた理解できなかった。ただ、それでも多くの人が混乱し、悲しみに暮れるほどの一大事だということくらいは分かる。

ラジオ番組はジョン・レノンの曲、とりわけ『スターティング・オーヴァー』や『イマジン』を何度も何度もローテーションした。ずっと聴いていた僕は、この2曲を完全に覚えてしまった。

ビートルズ・ビギナーだった僕は、ジョン・レノン・ビギナーにもなった。

新担任の彼は、このジョン・レノンの死をチャンスに変えようと思ったのだろう。射殺事件の報道から数日後、ラジカセを授業に持ってきた。

スピーカーが1つしかない貧相なラジカセだったが、物珍しさもあってか、いつもは騒がしい彼の授業だが、ラジカセを見たクラスメイトは、一瞬静まった。

「皆さん、ご存知の人もいると思いますが、今週の月曜、ニューヨークで元ビートルズのジョン・レノンが射殺されました。そこで今日は、彼の歌から英語を勉強したいと思います」

と、丁寧な口調で前置きして、ラジカセの再生スイッチを押した。まず流れたのは『スターティング・オーヴァー』だった。

チーン チーン… そして、ダン! パン! ダン! パン!


チーン チーン

私含めた何人かは聴いたことがあったようで、「知ってる知ってる」という感じに首を動かした。また、知らない面々も、始めは、シャッフルビートを楽しんでいるかのようだった。

しかし、クラスメイトが興味を示したのは、ほんの少しの間だけで、曲の中盤からは、不良たちがまた、いつものように騒ぎ始めた。

彼は黒板に「Starting Over」と書いて、その意味を説明しようとしていたのだが、いつものような崩れ始めた教室を目の前にして、考えを切り替えた。『スターティング・オーヴァー』を早送りして、次の曲を急いだのだ。

次の曲は『ギブ・ピース・ア・チャンス(平和を我等に)』だった。

この曲を僕は知らなかった。それどころか、知っていそうな者は、クラスメイトにはいなかったようだ。さらにはメロディのないラップのような曲でもあり、つかみが弱い。不良たちはさらに騒ぎ始めた。不良じゃない面々も、ザワザワと私語をし始めた。

そのとき――。

彼が教壇に両手のひらを叩きつけた。「ダン!」という音がフォルテシモで鳴った。

音に驚いて、クラス全員が、彼のそのさまを見た。

次に彼は、顔の前で、両手のひらを拍手のかたちで叩きつけた。「パン!」という音がフォルテシモで鳴る。

「何が起こったのか?」

―― クラス全員は彼を凝視した。

ダン! パン! ダン! パン!

「ダン」と「パン」が『ギブ・ピース・ア・チャンス』の曲に合わせたビートになった。彼の叩きつけるビートが、ジョン・レノンのラップのようなボーカルと重なって、1つの世界が生み出された。

ダン! パン! ダン! パン!

ニコリともせず、彼は一心不乱にビートを叩き続けた。

ダン! パン! ダン! パン!

クラスメイトは、不良も優等生も、僕のような宙ぶらりんなやつも、みんな、そのさまを唖然として見つめ続けた。

曲が終わった。彼はおもむろに黒板に向かって「Give Peace a Chance」と書いて、

「Give Peace a Chance―― 『平和に、与えてあげよう、チャンスを』という意味です。Give Peace a Chance」

見事な発音で「Give Peace a Chance」を繰り返して、タイトルの意味を説明した。

その瞬間、授業終了のチャイムが鳴った。僕らが、ちゃんと彼の話を聞いたのは、このときが最後となった。

英語の先生が残した最後の言葉「Just Like Starting Over」


「It's no use crying over spilt milk」(覆水盆に返らず)―― 彼の授業がまだ保たれていたころ、彼自身が教えてくれた英語のことわざのように、崩壊したクラスは元に戻ることなく年を越し、彼は3月いっぱいでこの中学を離任し、今度はまた別の中学に赴任することとなった。仕方のないところだろう。

離任直前の3学期末、面談の機会があった。最後の会話の機会だ。進路のことなどを話した後、彼のことを少しだけ不憫に思っていた僕は、こう伝えた。

「『ギブ・ピース・ア・チャンス』の授業、良かったですよ」

彼は、ほのかに笑顔を見せた。この1年間、彼の笑顔を見たことがなかった僕は、とても驚いた。彼はこう言った。

「俺にもチャンスをくれや、って思うわ。Give Me a Chanceやわ」

笑顔に続いて、彼のくだけた大阪弁も、そのとき初めて聞いた。授業のときは、いつも標準語っぽいアクセントの丁寧語だったから。

こんな感じで、始めから接してくれたらな… と、遅まきながら思った。話しやすい気分になった僕は、最後の質問をした。

「あのとき言いかけてた、『スターティング・オーヴァー』の意味って、どんなんやったんですか?」
「あぁ、あれはな、『やり直そう』ぐらいの意味や。オーヴァーには繰り返すっていう意味があって、それとスタートと合わせて『もっかい(もう一回)やり直し』っちゅう感じ」
「なるほど、そういう意味か」
「俺も、やり直しや、Just Like Starting Over」

僕への最後の言葉で、彼は最高の発音を聞かせてくれた。

エンディングに驚いた、映画「いちご白書」


あの騒々しい中2の日々から時が経ち、僕は東京にある大学1年生として上京、見慣れない東京の街をよそ行きの表情でフラフラしていた。

よそ行きの気分を中和させる逃げ場として、僕はよく名画座に飛び込んだ。暗闇の中で存在感を消しながら、聞いたことのあるタイトルの名画を、洋画・邦画問わず観まくった。

ある日、『いちご白書』という映画を見ることにした。もちろん、荒井由実が作曲しバンバンが歌った『「いちご白書」をもう一度』で知った映画だ。

1960年代後半、アメリカのコロンビア大学における学園紛争を描いた映画をじっと観ていたら、最後のシーンにとてもびっくりした。

主人公含めた学生運動のメンバーが、何十人と集まって、大学の講堂のようなところに立てこもり、『ギブ・ピース・ア・チャンス』を歌うシーン。

講堂に集まった学生たちは、床に座り込んで、『ギブ・ピース・ア・チャンス』を合唱する。両手のひらを床に叩きつけて「ダン!」、次に、手のひら同士を叩きつけ「パン!」というビートを奏でながら――

「あのときの彼の元ネタはこれだったのか!」

そう言えば、彼はアメリカ留学していたはずだ。どこの大学だったかは知らないが、年齢的には、60年代後半の大学紛争を生で見ていてもおかしくはない。もしかしたら、アジアからの貧しい留学生として、大学当局への怒りを表明するべく、自分も参加したのかもしれない。

『ギブ・ピース・ア・チャンス』を授業で流したときの彼は、大学当局への怒りではなく、目の前の不良たちが引き起こしている学級崩壊、ひいては、崩壊を招いてしまった自分自身への怒りが高まって、とっさに、両手によるビートを思い出したのだろう――。

ダン! パン! ダン! パン!

そして、彼にも悲劇的な結末が待っていた―― 映画『いちご白書』の主人公と同じように、

ダン! パン! ダン! パン!

名画座を出た後も、ダン! パン! ダン! パン! というビートが、僕の頭にこびりついて離れなかった。

上京して、クヨクヨ・フラフラくすぶっている自分自身を見つめながら、僕は彼の最後の言葉を真似してみた。

「俺も、やり直しや、Just Like Starting Over」

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2022.02.13
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カタリベ
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