村下孝蔵は「初恋」で『放課後の校庭を 走る君がいた 遠くで僕はいつでも君を探してた』と表現していたが、事実それは浅い夢だからこそ確かに未だに胸を離れないでのあった。
高一の春、僕は黒目がちで八重歯のかわいいクラスメイトに恋をした。浅く日焼けした肌が輝いて見える。写真部のユウジが「一枚撮らせろ~」などと軽~く言って彼女の写真を撮った。彼女は嬉しかったのだろう。白い歯を見せ写真に納まった。僕はユウジに頼み込んで内緒で彼女の写真を一枚焼き増ししてもらった。そして放課後の教室でユウジが耳打ちしてくる。「代わりに頼みがあるんだ…」
彼はクラスで一番の美人であるマドンナに恋している。彼女が住んでいる家を見に行きたいのだが、一人じゃ無理だから一緒に付いてこいという。『好きだよと言えずに 初恋は 振り子細工の心』とはまさにコレである。すると「面白そうだな!」と言って物好きなヤツが割り込んできた。自称Cまで経験済。ちょい悪ヤンキーのマコトである。「俺は運が良い。だから連れてけ!」などと嘯いている。マコトが考えた作戦はこうである。『家の前を繰り返しゆっくりと通り過ぎる。もしマドンナと遭遇したら偶然を装ってサテンに誘い一緒にお茶を飲む。いいな?』
そして、僕たちは原宿にある彼女の家の前を何度も何度もバカみたいに通り過ぎた。結局はすべてが無駄骨、何も果たせず神宮前交差点にあるロッテリアで苦いコーヒーを男だけで啜り、仕方なく店を出て横断歩道を渡った。その時、突然マコトが「あ!何してんの~?」と一人の少女に声をかけた。「マドンナか?」そう思って僕たちは同時に少女を見た。違う!でも、すっごく、かわいい!
マコトは初対面だというのにジョークで場を和ませる。ユージは自慢の一眼レフを見せて「写真を撮らせて」などと言っている。いつの間にか心の中に降っていた五月雨は止み、少女は花が咲くように美しく笑った。数ヶ月後、僕たちはブラウン管の中で歌うその少女を見た。少女の名前は小泉今日子。「俺は運が良い。だから連れてけ!」その言葉自体は現実となったが、当初の目的はすっかり忘れ去られていた。
初恋 / 村下孝蔵
作詞・作曲:村下孝蔵
編曲:水谷公生
コーラスアレンジ:町支寛二
発売:1983年(昭和58年)2月25日
2016.06.11
YouTube / chartreuxy
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