NHKの大河ドラマ『おんな城主 直虎』を観ていたら、還俗し一農婦として生きていく道を選んだ直虎(おとわ)と夫婦となった元盗賊でよろず請負屋の頭・龍雲丸との別れのシーンに遭遇した。
二人は大阪・堺へ共に旅立ち新しい生活をはじめるはずだった。しかし、元は城主であった直虎である。生まれ育った村落(井伊谷)で生きる人々の行く末をいつまでも案じている。その姿を見かねて龍雲丸は別れを切り出す。
「勝手について来んじゃねえ、ババア! 前の男に未練タラタラのくせに」
そう言って、わざと嫌われるような下卑た言葉で突き放す。
「今無理して行かなくてもよ。やることやって終わってから来りゃいいじゃねえか。待ってっから」
そして、別れの接吻である。オレ様キャラで「ババア!」と言った返す刃で “愛しているのはお前だけ” という情熱的なキス。腐女子向けの恋愛ゲームも真っ青、まるで「壁ドン」じゃないか! 私はこれを「ツンデレ男子のババアキス」と勝手に命名した。
さて、今回『直虎』になぜ触れたかというと、少女漫画特有の匂いがちょっと香っているというか… 実はこういう物語が私は意外と好きなのである。脚本家の森下佳子サンは『ベルばら』を意識して書いているに違いない。いや、これは妄想ではない。直虎はオスカルそのものじゃないか。
私が少年時代にお世話になったのは、池田理代子先生の原作漫画というよりは出崎統監督のテレビアニメ『ベルサイユのばら』だった。演出家の洗練された美意識がアニメで描かれるキャラクターの表情に憂いを添える。男装の麗人・オスカルを見るたびにその美しさにゾクッとし、毎度毎度撃ち抜かれた。そして、オスカルと彼女が愛する青年貴族・フェルゼン伯爵との別れの場面は忘れえぬ名シーンだ。
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェは、将軍家の末娘として生まれるが「王家を守りし将軍の家に女はいらぬ!」と男と変わらぬ教育を受け、軍人として育てられた女性である。そのオスカルが本来あるべき女性としてフェルゼン伯爵に心惹かれる。勿論、その愛は成就しない。
「オスカル、もしも初めて出会った時から、君が女性だとわかっていたら…」
「何も言うな、フェルゼン… 私に何も言ってはいけない。私の気持ちはもうとっくに整理がついているんだ。この世に愛は二つある。喜びの愛と、そして苦しみの愛と。」
「いいや、オスカル。この世の愛はたった一つ、苦しみの愛だけだ」
その深い悲しみの中で、劇中に流れるのが、エンディングテーマでもある「愛の光と影」である。
愛が苦しみなら いくらでも苦しもう
それが君の心に いつか届くまで
君は光 僕は影
離れられない 二人のきずな
苦しめば苦しむほど 愛は深まる
あの日、テレビで観たオスカルにはいつもの凛々しさは微塵もなく、深い絶望の淵にあった。私は何とも言いようのない不条理さに胸の奥が痛んだ。なぜ人生は… 愛とは思うようにならないのか。そして、あれから37年… 話は大河ドラマ『おんな城主 直虎』に移る。
森下佳子サンが描いた『直虎』の脚本は『ベルばら』におけるオスカルとフェルゼンの悲しい別離に対する、もう一つの答えだったに違いない。自由に生きる龍雲丸と、自分の生きるべき道を見つけた直虎。二人は愛し合いながらも別々の道を歩かなければならない。
しかし、森下さんが描くドラマでは互いがただ悲しむのではなく、宿命を受け入れながらも最後は未来を見つめ、あくまでも前向きに別離するのである。その清々しさに私はもう一つの『ベルばら』観たような気がした。
歌詞引用:
愛の光と影 / 鈴木宏子
作品引用:
ベルサイユのばら(東京ムービー新社)
おんな城主 直虎(NHK大河ドラマ)
2017.10.15
YouTube / 仁弥
iTunes / ベルサイユのばら 音楽集 [完全版]
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