前回までのあらすじ。
安全地帯『ワインレッドの心』(83年)のサビ=「♪ 今以上、そ《れ以》上、愛されるのに」の《 》内や、同じく安全地帯の『悲しみにさよなら』(85年)の歌い出し=「♪《泣かない》で《ひと》りで」の《 》内は9th(ナインス)という音であり、この9th(ナインス)のインパクトが、これらの曲をヒットさせた。つまりこれらの曲を作曲した玉置浩二は、言わば「9th(ナインス)の魔術師」である――。
で、前回の最後に、今回は「80年代・9th(ナインス)ベスト3」を決定すると予告しました。しかし、ここで訂正させて下さい。今回発表するのは「1979年+80年代・9th(ナインス)ベスト3」です。つまり、79年発表の、見事に9th(ナインス)を活用したある2曲がありまして、これは無視することは出来ないと判断したのです。
その曲の紹介に入る前に、もう一度おさらいをしておきます。9th(ナインス)とは、たとえばコードが「ド・ミ・ソ」(メジャー)のときの「レ」の音(『悲しみにさよなら』)や、「ラ・ド・ミ」(マイナー)のときの「シ」の音(『ワインレッドの心』)のことです。バックのコードに含まれていない音で歌うことで、インパクトを醸し出したり、一種の「浮遊感」を表現するものです。
今回は、「ド・ミ・ソ」の「レ」、「ラ・ド・ミ」の「シ」に加えて、「レ・ファ・ラ」のときの「ミ」を加えてみたいと思います。理論的に細かい話はどうでもいいのですが、とにかく「レ・ファ・ラ」の「ミ」を使った曲に名曲が多いのですよ。
では、まず「1979年+80年代・9th(ナインス)ベスト3」の1曲目。79年発売、サザンオールスターズ『C調言葉に御用心』のサビ。
図1:サザンオールスターズ『C調言葉に御用心』(コードは「レ・ファ・ラ」)
この部分、異常に耳に残る感じがしませんか? それは9th(ナインス)の音を使っているからなのです。もう少し具体的に言えば、バックの演奏にはない「ミ」という音で、それもかなりの高音(G#)で「♪《しーちょーこ》とばに」と歌うことで、インパクトが醸し出されているのです。
拙著『1979年の歌謡曲』(彩流社)で書いた、この曲の紹介――
チューリップ『虹とスニーカーの頃』のところで、ビートルズの影響下から抜け出した、「どこかの洋楽に原典がある感じがしない」ことを賞賛したが、驚くべきは、「79年サザン」がデビュー2年目にして、その境地にたどり着いていることである。それも、テレビ出演とレコーディングに追われて、当時、桑田本人が言っていたところの「ノイローゼ」に近い状態にありながら、このような名曲を生み出しているのだから、大したものである。
デビュー2年目で早々とたどり着いた「サザン・オリジナル」な音。そのど真ん中には、「レ・ファ・ラ」の「ミ」という、非常にオリジナルでテクニカルな音使いがあったということなのです。もちろん、その前のパートの歌詞=「♪ たまにゃ Makin' Love そうでなきゃ Hand Job」のインパクトもあったのですが(直訳してください)。
続く、「80年代・9th(ナインス)ベスト3」の2曲目は、日本歌謡曲史に残る、傑作9th(ナインス)。
図2:ジュディ・オング『魅せられて』(コードは「ラ・ド・ミ」)
泣く子も黙る、1979年日本レコード大賞に輝くジュディ・オング『魅せられて』の「♪ Wind is blowing from the 《Aegean》」の《 》内が、『ワインレッドの心』(83年)のサビ=「♪ 今以上、そ《れ以》上、愛されるのに」の《 》内と同じく、「ラ・ド・ミ」の「シ」。
そして、階段式に上がっていった後での、超高音(B)の《Aegean》なので、実に強烈なインパクト。
同じく、拙著『1979年の歌謡曲』での紹介文から――
ただ、それ(註:下着メーカー・ワコールとのCMタイアップ)だけではここまで爆発的なヒットにはならなかった。やはり筒美京平のメロディとアレンジが効いている。メロディで言えば、「♪ Wind is blowing from the Aegean~」の部分。「♪ ラシドミミラ・シーシー」の昂揚感・恍惚感。そこから「♪ 好きな男の腕の中でも~」と階段を転げ落ちるようなメロディになる絶妙な展開(桑田佳祐がこの部分を絶賛していた)。恐らく、日本歌謡史上、もっとも有名な9th(ナインス)ではないでしょうか。
そして、いよいよ「1979年+80年代・9th(ナインス)ベスト3」の3曲目。これら79年の『魅せられて』『C調言葉に御用心』から、沢田研二『おまえにチェックイン』(のイントロや歌い出し)や、『ワインレッドの心』、大沢誉志幸『そして僕は途方に暮れる』(のイントロ)を超えて、この曲が生み出されるわけです。
図3:薬師丸ひろ子『Woman "Wの悲劇" より』(コードは「レ・ファ・ラ」)
このサビのメロディは一種の奇跡だと思っています。「レ・ファ・ラ」の上で、ずっと9th(ナインス)=「ミ」を歌い通す。言ってみれば、ずっと不協和音が続いているようなものです。しかし、響きが抜群に美しい。
ここは別の拙著『1984年の歌謡曲』(イースト新書)でも書いたことなのですが、普通の作曲家なら、「ミ」ではなく「レ」で通すと思うのです。しかし、この曲を作った作曲家は、何を思ったのか、驚くべきことに、9th(ナインス)=「ミ」を選択したのです。その作曲家の名前は、呉田軽穂=松任谷由実。
そして、さらに驚くべきことは、二十歳になったばかりの薬師丸ひろ子が、見事に、寸分の狂いもなく、歌いきっていることなのですが。
このメロディの凄さを証明するために、動画を作成しました。この動画の前半が、「レ」で通した、普通の作曲家が作るであろうメロディ、そして後半が「ミ」=松任谷由実による「1音分浮いている」独創的なメロディです。
前半の方が安定的にして常識的、そして後半の方が独創的にして前衛的なことが分かっていただけると思います。
※『Woman "Wの悲劇" より』サビのメロディ分析<YouTube動画は下部にあります>
というわけで、「1979年+80年代・9th(ナインス)ベスト3」をご紹介しました。かなり理屈っぽい音楽理論の話になってきたので、次回は気分転換で、歌詞の話をしてみたいと思います。
2017.10.01