薬師丸ひろ子…
1964年6月9日生まれ。
僕たちが追いかけた永遠のアイドルはいつの間にか、母親のようなやさしい笑顔が似合う素敵な女優になっていた。
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)や TVドラマ『ど根性ガエル』(2015年)で薬師丸ひろ子サン演じる母親の姿を観た時、不思議と自分の母をイメージしてしまった。
僕はかつて茶の間で『ど根性ガエル』のアニメにかじりついていた小学生。CM の間に台所の方を眺めると夕飯を作る母の背中がいつもそこにあった。記憶の回路が誤動作を起こし、特別な感慨が生まれたのは必然だったのかもしれない。そう、“薬師丸母ちゃん” というフィルターを通して、今はもういない昭和を生きた母と再びテレビの中で出会ってしまった。思い起こせば、薬師丸ひろ子にはいつも母親の匂いが付きまとっていた――。
映画『セーラー服と機関銃』(1981年)では、死んだ父親が荼毘に付された斎場で「カスバの女」を歌う女子高生を演じる。彼女は帰宅の際、クラスメイトであるボーイフレンドたちにこう語り出す。
「(父にとって)私は母であり、妻であり、娘であった」と。
遺骨を抱いてエレベーターに乗り、女子高生には不釣り合いな真っ赤な口紅を拭うと魔法は解けて母親の顔からただの少女へと戻るである。
父親の遠戚の爺さんの遺言で仕方なくヤクザの組長を継いだ後もその母性はより明確に描かれる。それは傷を負った若い組員を手当てするシーン。子分は身体に包帯を巻かれながら言う。
「組長っていい匂いですね… お袋の匂いがします。いい匂いです」
感情が高ぶってつい抱きついてしまう若者を突き放すことなくやさしく抱きしめ返す少女。その姿はまるで聖母のようだった――。
かつて「Woman “Wの悲劇” より」を作曲したユーミンが「(薬師丸の声には)冒しがたい気品というか、水晶のような硬質な透明感がある」と自身の番組『松任谷由実の Yuming Chord』(TOKYO FM)で語っていたが、思うに彼女のクリスタルボイスの本質は性を感じさせない処女性に加えて「結晶化した純粋な母性」にあるのではないか?
なぜなら、彼女が歌うだけでその楽曲は讃美歌にも似た美しい響きを得る。そして、まるで母の胎内に戻ったかのような無垢なる気持ちが呼び覚まされるのだから――。
もう一瞬で燃えつきて
あとは灰になってもいい
わがままだと叱らないで
今は…
ああ 時の河を渡る船に
オールはない 流されてく
やさしい眼で見つめ返す
二人きりの星降る町
薬師丸サンが映画『Wの悲劇』(1984年)での燃え尽きるような演技を最後に角川映画を卒業した時に感じた寂しさは、恋人がいなくなるというよりも自分の体の一部、同胞(はらから)が一人いなくなったような不思議な感覚だった。やさしい姉だったり、親戚の綺麗なお姉さんが他の家に嫁いだ後の寂しさとは多分こういうものなのかもしれない… あの時、僕はそんなことを考えていた。
Song Data
■Woman “Wの悲劇” より
■作詞:松本隆
■作曲:呉田軽穂(松任谷由実)
■編曲:松任谷正隆
■発売:1984年10月24日
※2016年6月26日に掲載された記事をアップデート
2019.06.09
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