2月21日

手の届かないあの時代、松任谷由実「星空の誘惑」に想う 80年代への憧れ

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photo:UNIVERSAL MUSIC  

私は96年生まれの21歳だ。歌謡曲バーのスタッフとしてアルバイトをしている。

幼い頃から沢山の80年代の曲に触れてきて、その甘い気持ちをひっそりと温めながら、流行りの曲を聴いてやり過ごしていた思春期の頃を思い出すと、きゅっとせつなくなり、今の幸せを噛み締める。思えば、好きなものを好きだと主張するのは苦手だった。

そんな私の側にはいつもカーステレオがあった。もうカーステレオなんて言い方はしないんだっけ。週末レンタルショップに行って借りてきた CD をママがカセットに録音して、それを突っ込んでた頃も、その後 CD がそのまま入るようになった時も、我が家の車はいつもユーミンだった。物心がついた頃には、もう好きになっていた。

どんなに学校で他のアーティストの話をしてようが、ひとたび我が家の車に乗れば、80年代が幕を開けた。ちょっと近くに行く時に流すユーミンもよいけれど、やっぱり高速に乗る時に流すユーミンは最高だった。

中央道を通る時は、競馬場とビール工場を探した。こんなに現実じみた歌詞に、ロマンを感じるのは、ユーミンのイマジネーションによるものなのか、あの夢みたいな時代の空気によるものなのか。当時を体験してない私には分からないけれど、多分どちらもなのだろう。

ユーミンの歌詞には現実に限りなく近いロマンが詰まっている。こんな世界観の中で青春を過ごしたかったな、と羨ましい気持ちになる。

『REINCARNATION』(1983年)の中の1曲「星空の誘惑」はそんな夢と現実の狭間を歌う、ドライブソングの名曲だ。


 星屑がこぼれそうな夜
 小刻みにふるえるミラー


歌い出しから感じる、リアルとロマンの絶妙なバランス。こぼれるような星空の下、小刻みに震えるミラーの音が今にも聞こえて来そうだ。当然ながら瞼に浮かぶのは助手席からの風景。震えるミラーの描写から自然と自分を助手席の目線に置いてしまう。

この曲には、さらに特徴的な歌詞がある。きっと「星空の誘惑」を聴いたことがある人なら誰しも印象に残っているんじゃないだろうか。


 オレンジの トンネルの中は
 横顔が ネガのようだわ


母はこのフレーズが大好きで、車がトンネルに差し掛かるたび「ユーミンはすごいね! ネガってね〜。ほんとトンネルってネガみたいよね〜」と、何度も言っていた。

私はこの歌詞を秀逸だと思うけれど、私と同世代の人達は「ネガ」を知らないのかもしれない。写真の焼き増しに使ったネガ。カメラ屋でプリントしてもらうと、必ずセピア色の帯がついてきた。照明に透かしてみると、うっすら写真のミニチュアが浮かび上がる。両端に空いた穴は金曜ロードショーのオープニングみたいだった。

夏休みの最後に祖母の家でひとしきり現像した写真を見て、ネガを持って焼き増しをしに行ったのを覚えている。今では写真をすぐにシェアできるけれど、私も友達と、海やスキーに行った写真の現像を口実に集まってあれこれ焼き増しを相談し合う青春時代が送りたかったなと思う。ネガには愛すべきアナログの時代が詰まっていた。

だけど、そのうちネガもめっきり見かけなくなって「星空の誘惑」の歌詞の秀逸さも、同世代以下の人には伝わらなくなった。ドライブに出かける学生も減って、授業で将来車がほしい人、と先生が質問したとき、手を挙げたのはまばらだった。

時代が変わって、真夜中の男女のドライブなんて、本当にファンタジーの世界になってしまった。もし私がこれから先、素敵な偶然が重なってそんな機会を得たとしても、カーステレオから「星空の誘惑」を流すことはないし、相手は「ネガ」なんて知らないのだろうな、と思う。

手の届かないところにある、あの時代のデートだけど、カーステレオとカセットテープと、ネガ。そんな80年代の残り香をほんの少しでも味わえたことをうれしいな、と思う。

大学の先輩達と海に向かう車の中で、オレンジに染まるトンネルを通りながら、「あっ ネガだ。」なんて思って、心の中で噛み締めた。

2018.08.14
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  YouTube / 一本気大将
 

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