7月6日

ネットなき時代!1983年の音楽雑誌事情「ミュージック・ライフ」「音楽専科」などなど

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ネットがなかった1983年の洋楽情報収集手段とは?


自分が高校生だった頃、つまり80年代に、今のようなインターネット環境が存在していたら…… そりゃあ、楽だったろう。好きになったアーティストのディスコグラフィはシングルに至るまで調べられるし、たいていの曲はサブスクで聴ける。ライブ映像も簡単に発掘できる。振り返ると、21世紀って凄い時代だなあ…… と、改めて思う。

インターネットのなかった1983年、音楽に入れ込んだ地方の高校生にとって洋楽の情報収集の手段は、まずラジオ。ダイレクトに音が聴けるのだから、これはマストだ。そして雑誌である。その月にリリースされる新譜のレビューや、インタビュー、そしてグラビア。あのときラジオでエアチェックしたあの曲は、こんな人が作ったのか…… と思うこともしばしば。とにかく、洋楽雑誌は重宝した。そんな当時のマナブの “教科書” を振り返ってみよう。

編集部員のキャラが立っていた「ミュージック・ライフ」


まずは、当時もっとも売れていたシンコーミュージック刊『ミュージック・ライフ』。洋楽全般を扱ってはいたが、主力はデュラン・デュランやカルチャー・クラブなどのビジュアル映えするバンドで、グラビアには力が入っていた印象。

また、後に創刊される『BURRN!』の初代編集長、酒井康が副編集長を務めていたこともあり、ハードロック&ヘヴィメタルの記事も多かった。このジャンル、マナブは苦手だったが、ヒマに任せて読みふけったお陰で、マイケル・シェンカー・グループやレインボーの人事異動に、ずいぶんと詳しくなってしまった。

『ミュージック・ライフ』には陽性のイメージがあるが、それは編集部員のキャラが立っていたこともあるだろう。東郷かおる子編集長を筆頭に、編集者たちがしばし誌面に登場。その年に公演された来日アーティストの取材を振り返る座談会では、“あのアーティストには振り回されたー、イヤなヤツだったー” 的な意外な本音も飛び出したりして、編集者の仕事も大変だなあ…… と思ったものだ。

パンク、ニューウェーブ系を洋邦問わず取り上げていた「音楽専科」


これより少々陰性だったのが、音楽専科社の『音楽専科』。こちらも洋楽全般をフォローしつつ、パンク、ニューウェーブ系を洋邦問わず取り上げていて、東京ロッカーズに端を発するインディーズも、きっちりすくいとる。イギリスのバンドが大好物で、なおかつパンクに目覚めだしたマナブにとって、痒いところに手が届く格好の教科書。

町田町蔵のインタビューを目にしたのも、この雑誌が初めてだった。グラビアも見応えがあり、イギリスの有名な写真家の撮影によるものも多かった。アントン・コービンの名を知ったのもこの雑誌だった記憶がある。

取り上げるアーティストに関しては硬派だったが、そんな中で一服の清涼剤となっていたのが、志摩あつこ先生による4ページの漫画『8ビート・ギャグ』。PILの緊張感あふれるインタビューや、ルースターズに関するシリアスな記事を読んだ後の後方のページ、ここで一気に緊張がほぐれる。

人気アーティストが鳥獣戯画のようにデフォルメされているこの漫画。今思うと、坂本龍一ラブで、大きな顔を揶揄されたデゥィッド・シルヴィアンはよく怒らなかったなあ… と。



高校生の財布に優しい「rockin'on」は280円!


もう1冊挙げておこう。現在も発刊されている『rockin'on』。ライターや読者の投稿からなるこの同人誌的な雑誌は、高校生には正直、小難しかった。が、英NME誌と提携していたことから、現地のアーティストの翻訳インタビューを読めたのは有難い。そして何より、高校生の財布に優しかった。『ミュージック・ライフ』は500円、『音楽専科』は550円だったが、『rockin'on』は280円で買えた!

当時の『rockin'on』はライターも個性的で、何号か読み進めていると、この人は堅苦しいことばかり書くなあ… とか、あの人はギャグ多めだなあ… とか、傾向が見えてきてそれぞれに親しみがわいてくる。何より編集長、渋谷陽一が、田舎でも聴ける天下のNHKのFMで、『サウンド・ストリート』という番組を持っていたのが大きかった。毎週金曜日の22時は、渋谷氏のかける新譜を毎週のようにエアチェックしては、誌面と照らし合わせてみる。そんな作業も、当時の高校生には楽しい時間だった。

洋楽専門誌「INROCK」が創刊されたのも1983年


思いつくままに、1983年の洋楽雑誌について語ったが、他にもいろいろな雑誌があった。が、なにぶん高校生の小遣いで買えるものは限られる。インディーズ寄りの『FOOL'S MATE』や、パンク専門誌『DOLL MAGAZINE』は、輸入盤や自主製作盤を気軽に買えない田舎者にはハードルが高かったので購読は上京を待たねばならず、当時は立ち読みで済ませた。

現在も発刊されている『ミュージック・マガジン』は邦楽の割合が多くて、しばらくは買ってなかったが、こちらも上京してから読むようになった。洋楽専門誌『INROCK』が創刊されたのも、この年だったと記憶している。

エアチェックに欠かせなかったFM情報誌


もちろん、エアチェック小僧にはFM情報誌も欠かせない。最近リマインダーで話題になっている鈴木英人表紙の『FM STATION』は、米キャッシュボックスのチャートが載っていたので、たまに買っていたし、アーティストの伝記コミックが載っている『FMレコパル』は友人から借りて読んだ。が、自分が定期的に購読していたのは『FM fan』。なぜなら、ここには米ビルボードのトップ100に加え、全英トップ20のチャートが載っていたから。エアェックしたら、チャート上のその曲に蛍光マーカーを塗っていく、そんな高校時代でした。



こうやって思い返すと、好きな音楽や、それにまつわる情報を求めて、高校生のマナブは必死だったんだなあ… と思う。そして、必死だったからこそ、記憶も鮮明だ。当時インターネットがあったら、確かに情報収集は楽だったろう。しかし、楽をして得たものは思い出にはならない。たまにはPCを離れて、昔のように図書館で調べものをするか… と、思ったりする今日この頃である。

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2023.05.23
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カタリベ
1966年生まれ
ソウママナブ
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