8月1日

8月1日が開局記念日、MTVの登場はヒットの法則をガラリと変えてしまった!

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ミュージック専門チャンネルMTVが開局、映像の時代に突入!


1981年8月1日、アメリカにおいて新たなケーブルTV『MTV』が開局した。24時間音楽に特化した映像を流し続ける “ミュージック専門チャンネル” の開局、主にオンエアされたのはレコード会社 / アーティストから供給されたMV。記念すべき初オンエアMVは、1979~80年にかけて欧米でヒットを記録したバグルスの「ラジオスターの悲劇(Video Killed The Radio Star)」というのは結構知られた話だ。



このありそうでなかった音楽専門チャンネルの開局は、それまでの大衆音楽のヒットの法則をガラリと変えてしまった。ヒットソングのプロモーション手法としてのMVは70年代終盤から散見されはじめ、80年代の声を聞くころには(従来のラジオプロモーションやアメリカ全土をドサ周りするライブツアー等にとって代わって)映像の時代に突入するのだろうという雰囲気はジワジワと伝わってきていたと言えるだろう。そんな雰囲気を掴んで、1981年という絶妙なタイミングで開局したのがMTVだったのだ。

MTVでも繰り広げられた英米アーティストの拮抗




ロックの時代(1955年~)以降、世界の大衆音楽の主役は(英語圏たる)主に英米のアーティストによる拮抗の歴史である。MTVを舞台とした映像の時代黎明期においても、英米アーティストの拮抗は繰り広げられていた。

1981~82年、まず目立ったのがイギリス勢の攻勢。ビルボードのトップ40クラスでさえもまだほとんどMVが作成されていなかった時期ではあったが、ビジュアル戦略に長けたいくつかの英アーティストは積極的にMVを提供していたのだ(1982年秋にリリースされた『スリラー』からの第1弾シングルだったマイケル・ジャクソンwithポール・マッカートニー「ザ・ガール・イズ・マイン」でさえMVが無かった!)。

ソフト・セル「汚れなき愛(Tainted Love)」(1982年8位)、ヒューマン・リーグ「愛の残り火(Don’t You Want Me)」(1982年1位)あたりは非常に印象に残った作品だったが、それらを布石にして1983年に突入するころにはデュラン・デュランやカルチャー・クラブを筆頭としてニューウェーブ出自のイギリス系新人アーティストが、MVを礎にして一気に台頭してくることになる。

1983年のMVは(マイケル・ジャクソンと一部サントラ系を除けば)ほぼほぼイギリス勢によるものだったと言っても過言ではなかった。第2次ブリティッシュインベイジョンの最盛期でもある。

アメリカ勢の巻き返し、マイケル・ジャクソン「スリラー」


そんな状況を、世界の大衆音楽シーンをけん引する存在を自負するアメリカ勢が指をくわえて傍観していたのか… もちろんアメリカ勢の巻き返しは1983年中に勃発する。まず決定的な爆弾は、マイケル・ジャクソンの大作MVだった「スリラー」!

モンスター・アルバム『スリラー』(1982年)からの第2弾「ビリー・ジーン」(1983年1位)、第3弾「今夜はビート・イット」(1983年1位)等のMVで、アメリカ勢の中で孤軍奮闘感のあったマイケル。アルバムからの第7弾シングル「スリラー」で前代未聞の映画仕立ての長尺MVを作成、1983年12月にMTVで世界解禁(日本では『ベストヒットUSA』で解禁)してワールドワイドでお茶の間を震撼させたのだ。

結果として翌1984年ビルボードのシングルチャートで最高位4位を記録、ほぼ同時期にマドンナが初トップ40ヒット「ホリデー」(1984年16位)、シンディ・ローパー「ガールズ・ジャスト・ウォント・トゥ・ハヴ・ファン」(1984年2位)がブレイク、女性シンガーを中心としたアメリカ勢によるMV攻勢が本格化していく。

ヒットソングが続々誕生した1984~85年、日本の地上波でもオンエア


特に1984~85年の英米アーティストによるMV合戦は百花繚乱という様相を呈しており、日本の地上波テレビでもビルボードのトップ10クラスのMVをこぞってオンエアしている。

■ ライク・ア・ヴァージン / マドンナ(1984年1位)
■ ジャンプ / ヴァン・ヘイレン(1984年1位)
■ ウィ・アー・ザ・ワールド / USAフォー・アフリカ(1985年1位)
■ ケアレス・ウィスパー / ワム!(1985年1位)
■ テイク・オン・ミー / アーハ(1985年1位)
… 80年代洋楽を代表するヒットソングが実に多く誕生していた。

以降80年代を通して、ハードロックブーム~一大ダンスミュージックブームといった背景を追い風にしながら英米MV合戦は、MTVという舞台において高い次元で繰り広げられていく。

それにしてもアメリカ資本のMTVが、開局一発目にイギリスのアーティスト、バグルスのMVをオンエア… MTVは少なからずジレンマを感じていたのだろうか。「Video Killed The Radio Star」、言いえて妙なこのタイトルだったから、致し方なかったのかもしれない。


2022.08.01
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1963年生まれ
Yuugen
MTVそのものというよりMV、当時は「プロモーションビデオ」という呼び方が一般的だったように記憶している。
大学進学で東京の片隅で暮らし始め、近所のカフェバーに通っていたが、「ベストヒットUSA」などから録画したプロモーションビデオは80年代前半の有力な集客ツールだったろう。
2022/08/03 01:58
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カタリベ
1962年生まれ
KARL南澤
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