ユーリズミックスが1983年1月にリリースしたシングル「スウィート・ドリームス」は、名曲と呼ぶに相応しい作品だ。この暗くひんやりとしたテクノポップは、発売から35年が経とうとしている今も、当時とまったく同じ温度と質感を保ちつづけている。 ただし、僕は最初からこの曲を好きだったわけではない。むしろ苦手だったと言っていいだろう。冷たいシンセサイザーの音も、低く震えるようなアニー・レノックスのヴォーカルも、陰鬱なメロディーも、僕の好みではなかった。でも、惹かれた。それはなぜだったのか? ラジオで最初に聴いたときも凄かったが、その後に観たプロモーションビデオのインパクトはもっと強烈なものだった。短髪を赤く染め、薄い色の目をした男装のアニー・レノックスは、まさにこの曲の不気味さを体現していた。彼女は僕がこれまでに見たことのない種類の人間であり、男か女かもよくわからなかった。寓話的な映像。ストリングスの音色。ダークな美しさ。すべてに不吉なことが起こる前兆のようなものを感じた。 そして、気づいたのだ。自分はこの謎めいた得体の知れなさに惹かれているのだと。それは異質なものへの憧れと言い換えることもできた。けっして好きではないし、同じようになりたいとも思わない。しかし、現実世界では相容れないであろうものへの興味は、畏れとともに僕をとらえて離さなかった。 とはいえ、なぜこの曲がヒットしているのかは、相変わらずわからなかった。「スウィート・ドリームス」はとにかく異質で、大衆的と言うよりは最先端の音楽に思えた。ヒット曲とは万人に愛されて初めて生まれるものだし、そのためには多くの人に受け入れられるキャッチーさが必要だと思っていた。しかし、この曲にそうした要素を見つけることが、僕にはどうしてもできなかった。 しかし、そんな僕の気持ちとは裏腹に「スウィート・ドリームス」は売れつづけた。当時、全米1位を独走していたポリスの「見つめていたい(Every Breath You Take)」のすぐ後ろに4週連続でぴったり貼り付くと、5週目でとうとう抜き去りナンバーワンを獲得した。ちょうど夏休みが終わり、これから秋を迎えようしていた9月の出来事だった。 僕が「スウィート・ドリームス」を本当の意味で好きになったのは、それから10年近くがたってからだ。80年代にヒットした曲の多くが耳に古く感じられるようになっても、この曲の印象が変わることはなかった。相変わらず異質で、暗く、美しいままだった。まるで僕らが暮らすこの世界とは、別の時間軸の中にあるかのように。 今でも「スウィート・ドリームス」は、僕にとって異質な曲だ。それはきっとこれからも変わらないのだろう。心の中のドアを開けると、男装したアニー・レノックスがいる。マスクをしてチェロを弾くデイヴ・スチュワートがいる。そこにはいつも相容れない世界が広がっている。
2017.12.17
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YouTube / EurythmicsVEVO
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