80年代のトップアイドルが主演した「スケバン刑事」
1980年代に一世風靡したTVドラマを語るうえで、大映ドラマと並び外せないのが「スケバン刑事(デカ)」シリーズである。ヨーヨーを武器に悪の組織と戦う女子高生という奇抜な設定に加え、斉藤由貴、南野陽子、浅香唯が主演することにより、トップアイドルの地位を築いたことも人気の要因だ。
この中で私は、『スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説』で主役(2代目「麻宮サキ」)を演じた南野陽子の印象が断然強い。それは、清純少女路線の彼女が土佐弁で吐く決め台詞「おまんら、許さんぜよ」のインパクトはもちろん、彼女自身が歌った主題歌や挿入歌(スケバン刑事ソング)に魅了されたからだ。そして、繰り返し聴くうちに彼女が演じた麻宮サキと歌詞とがシンクロして、彼女の新たな魅力の発見に行き着いたのも大きい。それで私は彼女のファンになったのだ。
ーーということで、スケバン刑事ソングと、そこから発見した彼女の新たな魅力について、当時を思い出しつつ述べてみたい。
清純少女路線から哀愁少女路線に走った南野陽子のシングル
まず南野陽子の路線、というか楽曲の世界観を振り返りたい。
デビュー時の南野陽子は、清純で気品あるお嬢様アイドルとして売り出された。それは、彼女自身が神戸のお嬢様学校である松蔭女子学院に中学から通う等身大の女学生だったから。CBS・ソニーで南野陽子の楽曲を制作した吉田格ディレクター(当時)によれば、「阪急沿線の急行が止まる駅に住み、駅までは自転車かバスで通学、週末は神戸のポートアイランドに遊びに行く少女」とまで、楽曲の世界観を固めていたらしい。
それがわかるのが、神戸が舞台の名曲「春景色」を収録したデビューアルバムの『ジェラート』だ。以降『VIRGINAL』『BLOOM』『garland』と、リリースされたアルバムには女学生の恋愛や心情を綴った楽曲がてんこ盛り。彼女の少し鼻にかかる柔らかな歌声も曲にマッチし、萩田光雄氏のエレガントなアレンジも絶品。発売順にアルバムを聴けば、一人の少女が大人に成長する姿が伝わってくるようだ。
シングルも、デビュー曲「恥ずかしすぎて」は、彼を見ることすら恥ずかしく何も言えない少女が主人公。まさに清純少女路線の一作目にふさわしい等身大の曲である。しかし、2作目からは「スケバン刑事」への主役抜擢により、急きょ路線が変更される。清純少女路線から、心に傷を負った哀愁少女路線に走るのだ。
麻宮サキとシンクロするスケバン刑事ソング
ここからは、スケバン刑事ソングとして出されたシングル4作品を発売順に紹介したい。
まずは『スケバン刑事Ⅱ』の放送が始まった1985年11月に発売されたセカンドシングル「さよならのめまい」。この曲はドラマの初期挿入歌として、戦闘シーンやエンディング前で流された。作詞、作曲は来生えつこ、たかおのコンビで、曲の雰囲気が「セーラー服と機関銃」に似ているのも納得できる。女子高生が武器を持って悪と戦う構図も一緒だ。私が特に好きなのはサビ。ノスタルジックなメロディーからは戦闘後のような無常感が漂い、悲しみと希望が同居したような哀愁感がたまらない。

次は、1986年3月発売の「悲しみモニュメント」。ドラマ主題歌として途中から使われた。この曲も作詞は来生えつこで、作曲は鈴木キサブロー。失恋の傷を拭えない少女が主人公で、海の描写を絡めた歌詞と、Bメロからサビにつながる転調ぎみのメロディーが素晴らしい。南野陽子はこの曲で「ザ・ベストテン」への初ランクインを果たし、歌番組への出演も増えてゆく。彼女の達観したような歌声が耳に残る。

そして、1986年7月発売の「風のマドリガル」も、同じくドラマ主題歌としても使われた。ストリングスを多用したアレンジと壮大なメロディーは、何度聴いても飽きない。大滝詠一の「さらばシベリア鉄道」のような曲を歌いたいと本人が希望したエピソードは有名だが、実態はその元ネタと言われるジョン・レイトンの「霧の中のジョニー」を念頭に、吉田ディレクターが井上大輔、湯川れい子の両氏に発注したそうだ。

最後は、1987年1月発売の「楽園のDoor」。作曲は再び来生たかおだが、作詞は新進気鋭の小倉めぐみ。この曲も来生節が全開で、「さよならのめまい」よりも無常感が高い。歌詞は哲学的で難解だが、私には、非日常世界から日常世界へ戻る決意を歌っているように聴こえる。それは、この曲が映画『スケバン刑事』のラストで、南野陽子演じる麻宮サキが任務を終えて去るシーンで流されるため。彼女が演じた役と歌詞とがシンクロして聴こえてしまうのだ。

「話しかけたかった」を嬉しそうに歌う理由
こうしてスケバン刑事の任務を終えた南野陽子は、「楽園のDoor」を開けて日常の清純少女路線に戻った。その次のシングルは「話しかけたかった」。失恋ソングにもかかわらず、彼女が妙に嬉しそうにウキウキと歌うのが印象的な名曲だ。この曲をシングルとして選んだのも彼女自身。
「『スケバン刑事Ⅱ』の頃は、そのイメージで暗めの曲が多かったから、次のシングルはかわいい曲がほしかったの。ごく普通の女のコの歌」
洋泉社刊「80年代アイドルカルチャーガイド」より
と、他の曲を推すディレクターやスタッフを押し切ったそうだ。確かにマイナー調のシングルが続いたので、明るい曲を歌いたい気持ちは理解できる。

しかし、麻宮サキが頭から離れない私には、別の解釈も思い浮かぶ。幼い頃に鉄仮面に顔を奪われ心に深い悲しみを抱えた少女が、何の因果かマッポ(警察)の手先となり、悪と戦い続ける。その少女が警察組織を離れてシャバに戻った時の高揚感が、歌う表情に表れたのではないか。
彼女自身も「大きな世界平和もいいけど、身近な愛も大事にしたかった」と語っているが、日常生活に復帰した嬉しさで失恋すら愛おしく感じる気持ちも、理解はできる。そして、スケバン刑事ソングで培った物憂げでアンニュイな一面は、この曲からも垣間見える。そうした一面が南野陽子の新たな魅力となり、その後の活躍につながっていったように私は思う。
もし南野陽子が「スケバン刑事」を主演しなかったら、一連のスケバン刑事ソングは作られることはなく、清純少女路線を貫き通していたかもしれない。その世界線では、彼女はどんな歌手になっていただろう。そんな妄想が頭をよぎった。
参考文献
<書籍>
・ ヒットソングを創った男たち~歌謡曲黄金時代の仕掛人 / 濱口英樹(シンコーミュージック 2018年)
・ 80年代アイドルカルチャーガイド (洋泉社 2013年)
・平凡special1985 僕らの80年代(マガジンハウス 2020年)
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2023.11.07