横浜銀蝿のポスターを部屋に貼っていたことがある。
中学校に入学する直前の短い間だったけど。それは「お前サラサラサーファー・ガール おいらテカテカロックン・ローラー」の販促ポスターだった。翔の初恋を歌った曲だったと記憶している。
その1年前、横浜銀蝿が『ザ・ベストテン』の人気コーナー「今週のスポットライト」に出演して「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」を歌ったのは、かなりインパクトのある出来事だった。
テカテカのリーゼント、サングラス、革ジャン、白くて太いズボン。まるで何かの漫画の実写版みたいだった。でも、曲は最高に楽しかった。歌詞は初めて聞く言葉のオンパレード。ドカン、ヨーラン、ソリ、とっぽい、ガン、タイマン、赤テープ、マブい…。
意味はわからなかったけど、大人への憧れが芽生え始めていた僕には、すごく新鮮に響いた。悪そうで、自由で、他のお行儀のいい歌謡曲にはない魅力を感じた。横浜銀蝿は、そのたった1回の出演で僕らの心を掴んでしまった。翌日の学校では友達と彼らの話題で盛り上がり、歌詞に出てくる言葉がどんな意味なのかをみんなで言い合った(知りもしないくせに)。
夏休みには、友達がアルバムを買ったと言うので、みんなでそいつの家に集まって聴いた。『仏恥義理蹉䵷怒』と書いて「ぶっちぎりさーど」と読むのだという。それだけで僕らは「おぉ…」と聴く前から感動していた。
「なぞなぞRock'n Roll」、「♀大好きRock'n Roll」、「ビニボンRock'n Roll」など、ふざけた曲がとりわけ最高だった。この頃からみんな不良に憧れ始めた気がする。不良って楽しそうだなぁ。不良になれば勉強しないで、毎日ふざけて遊んでいられるんだなぁと。
でも、ほどなくして、メンバーが僕らの住んでいる地域の出身であることを知った。しかも、何人かは学区内で一番偏差値の高い高校を卒業しているという。「なんだ、頭よかったのか」と、僕らはちょっとだけ裏切られた気がした。とはいえ、地元の先輩。それだけでぐっとリアリティが増し、親しみを持ったのも確かだった。友達の何人かが、メンバーを「さん」付けで呼ぶようになった(すぐやめたけど)。
「横浜銀蝿の連中なら知ってるぞ」と言ったのは、親戚のおじさんだった。「誰を知ってるの?」と訊くと、翔と嵐だと言う。なんでも、デビュー前に呑み屋で知り合ったらしい。
「よく家まで送ってくれたよ。すごいでっかい音がする車でさ。エンジンをバリバリいわせて」と。おじさんの家は閑静な住宅街にあったから、真夜中にそんな車が来たら近所迷惑も甚だしい。おじさんは酔っぱらっているから気にならなかったみたいだが、おばさんは「今度あの人達に送ってもらったら許しません!」と相当腹を立てていたそうだ。
ある日、おじさんはメンバーにそのことを話し、「だから、もう送ってくれなくてもいいよ」と伝えた。すると翔がこんなことを言ったという。
「それはご迷惑をおかけしました。俺たちは不良だから、そうした上流社会のことはどうもよくわからない。あ、そうだ、ぜひその辺のことを教えてほしいので、よかったら一度家にお邪魔してもいいですか?」
なんと機転の利いた痛快な返しだろう。おじさんは「家内に聞いてみるよ」と言うしかなかったという。そして、おばさんの回答はもちろん決まっている。
「とんでもありません!」
おじさんからこの話を聞いたのは、正月に親戚で集まった時だった。その頃、僕はもうビートルズの熱心なファンになっていて、横浜銀蝿への興味は大分失いつつあった。でも、なんとなく親近感が湧いたのだろう。僕はメンバーを「さん」付けで呼び、後日レコード屋でポスターをもらい部屋に貼ったのだった。
あと少しすれば、小学校を卒業することになっていた。気分だけはテカテカのロックン・ローラーだった。
2018.11.06
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