2022年 6月15日

小田和正「early summer 2022」オフコース時代からつながるそれぞれの “今”

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8年振り…は長いのか? 小田和正「early summer 2022」


2022年6月15日、小田和正の10作目のオリジナルアルバム『early summer 2022』がリリースされる。オリジナルアルバムとしての前作は『小田日和』(2014年)だから8年振りとなる。

8年振りと聞くとなにか特別な出来事のようにも聞こえるが、実は小田和正にとってはそれほど異常なペースでもなく、今回はやや間隔が長めだったかなという感じなのだ。

小田和正が最初のソロアルバム『K.ODA』を発表したのはオフコース時代の1986年のことだから、36年間でオリジナルアルバム10作は、けっして多作ではない。しかも5枚目の『MY HOME TOWN』(1993年)までが7年間に発表されていて、そこから先のオリジナルアルバムのリリース間隔はかなり空いていく。ちなみに6作目の『個人主義』(2000年)まで7年、7作目の『そうかな(相対性の彼方)』(2005年)までが5年、8作目の『どーも』(2011年)までが6年、そして9作目の『小田日和』(2014年)までは3年空いている。だから、今回の『early summer 2022』までの8年という間隔が特別に長いわけではないのだ。

ベテランアーティストにとってアルバムリリースの間隔が空くのはとくに珍しいことではない。

日本の歌謡界では40~50歳を過ぎた歌手が新曲を出すということはほとんど無く、引退するか昔のヒット曲で営業をするというのが一般的だった。しかし、70年代に登場したシンガーソングライターたちの中には50代を越えても創作意欲を失わず、クリエイティブな活動を続けるケースが増えていった。

このところ、ヒット曲などの最高年齢記録が次々と更新されているのは、こうしたベテラン・シンガーソングライターが活動を続けるようになってきたことを示す現象だ。

もちろんベテラン達の制作ペースは、若いアーティストよりはゆったりして見えることが多い。しかし、それはある意味当然のことだと思う。

若いアーティストが発表する作品には、自分の可能性にチャレンジするという意味を持つものが多いと感じる。だから、かならずしもひとつのスタイルに固執せず、さまざまなジャンルにチャレンジして音楽性の幅を広げながら、自分ならではの表現を模索していく。そして、その変遷と言うか成長の足跡そのものがアーティストの魅力となっている。

けれど、こうした試行錯誤を経て自分ならではの表現スタイルを獲得したベテランアーティストにとっては、新たな表現スタイルに挑戦することよりも、その表現によって伝える内容を深めることの方が大事なテーマになっていくのではないかと思う。

だからこそリスナーも、ベテランアーティストに対しては、まったく新しい世界にアプローチすることよりも、その人ならではの世界をじっくり味わわせて欲しいと思うのではないだろうか。

ベテランアーティストに期待される “変わらないけれどより心に響く” 作品をつくることは、ある意味、新規なスタイルの作品をつくるよりも困難なのではないだろうか。だからこそ、よりていねいに作品に向き合い、念入りに磨き上げていく必要がある。だからベテランアーティストが寡作になるのは当然のことだろう。

小田和正が持っている“耳にした瞬間にわかる強烈な香り”


もともと小田和正は、表現の振り幅が大きなアーティストではなかった。オフコース時代から、小田和正のスタイルには一貫したものがあって、どの曲も手触りはマイルドでありながら、耳にした瞬間に “小田和正だ” とわかる強烈な香りをもっているのだ。

そうした作品の新鮮な “香り” をリスナーにどう伝えるのか。小田和正は早くからそうしたテーマに取り組み、自分の楽曲を流行りものではなく “スタンダード” として聴いてもらうことに力を注いできたアーティストなのだと思う。

だから、オリジナルアルバムのリリースこそ数年に一度というペースだけれど、その間にベストアルバムやリメイクアルバムなどを精力的に制作してきた。

ベストアルバム、リメイクアルバムというと、過去の楽曲をまとめただけ… というイメージがあるが、小田和正の場合にはこれらもまたクリエイティブな作品となっている。

アーティストには、楽曲は発表された時の形がベストだ、と考えるタイプと、その楽曲を常に新しい形で表現したい、と考えるタイプがいる。これはどちらが正しいということではなく、まさにその人の哲学なのだけれど、小田和正は過去に発表した曲でも常により完成度の高い表現にしていこうとする姿勢を持つアーティストだ。

だから、彼にとってのベストアルバム、リメイクアルバムは、過去に発表した楽曲に大胆に手を入れて新しい “生命” を吹き込み、より完成度の高いコンテンポラリーな作品として “今” に提示する作品だ。そして、それは小田和正がていねいにひとつひとつの作品に取り組んできたことの証明でもあると思う。

しかし、そんな小田和正にとっても『early summer 2022』は“単なる通過点”とは言えないアルバムなのではないかと思う。

収められているのは9曲。このうち「坂道を上って」「小さな風景」「この道を」「会いに行く」の4曲は2018年にシングルとして発表されたもので「風を待って」「こんど、君と」「so far so good」の3曲は2021~22年に配信で発表されている。そして、このアルバムで初めて音源として披露されるのが「ナカマ」「この日のこと」の2曲となる。

「この日のこと」は2001年から毎年クリスマス時期にTBSテレビで放映される『クリスマスの約束』のテーマ曲としてつくられた曲だが、それ以外は最新のベストアルバム『あの日 あの時』以降に発表された曲だ。

最初から最後まで安心して堪能できる“小田和正の世界”




こうして見ていくと、これらの楽曲はこのアルバムのために書き下ろされたものではなく、すべてがCM、映画や番組の主題歌などのタイアップ楽曲として作られたものだ。つまり、このアルバムはなんらかのテーマに基づいて書き下ろされた新曲によって構成されたわけではなく、『あの日 あの時』以降の小田和正の創作活動を、まさに“2022年の初夏”の時点で切り取った “記録集” というニュアンスをもっている。

しかし、こうしたアルバムのつくり方はけっして特殊なものではなく、アルバムの語源である、写真や資料を整理して保存する “アルバム” という意味に立ち返れば、まさにこのようなつくり方こそがアルバム本来の在り方なのだと思う。

冒頭でも触れたけれど、2022年9月で75歳となる小田和正は、日本のベテランアーティストシーンをリードするひとりだ。それだけに、本人もこれまでにも何度か引退について口にもしているし、常に “自分がいつまで活動を続けるか”、または “続けられるか” を考えていることは想像するまでもないと思う。

その意味で、ここ何作かのアルバムからは “これが最後になってもいい” という覚悟を込めて世に送り出されているのではないか、という気配を感じていた。

もちろんその気配は『early summer 2022』にも色濃い。収められている9曲はそれぞれ肌合いの違いはあるけれど、どれもコンパクトで聴きやすく、そしてきわめて純度の高い小田和正ならではの “芳香” を漂わせている。

レコーディングメンバーも、木村万作(ドラム)、ネーザン・イースト(ベース)、佐橋佳幸(ギター)、そして金原ストリングスグループという、まさにいつもの鉄壁の顔ぶれ。

まさに最初から最後まで安心して “これぞ小田和正の世界” を堪能できるアルバムになっているのだ。

けれど、それだけではない。安定の “小田ワールド” を味わいながらも、このアルバムにはどこかにシリアスな気配も感じる。小田和正のつくる世界には“雑味の無い濾過された情感”というニュアンスがあったけれど、最近の楽曲には小田和正自身の意志や気配が忍び込んできているような気がする。『early summer 2022』でも、とくに「この道を」「ナカマ」など、言葉の中から彼の“想い”が感じられるような気がする。そんな成熟のあり方も小田和正ならではなのではないなと思う。

もちろんリスナーからすれば、これだけ素晴らしい歌が歌えて、これだけの作品を作れるのだから、まだまだ現役を続けて欲しいと願う。しかし、それはまさに神のみぞ知る世界だ。

『early summer 2022』を聴いて言えるのは、ここにはまさに今の小田和正の世界があるということ。そしてその世界はオフコース時代からその音楽を聴いてきたリスナーをも裏切らずに、あの時代から繋がっている。だから、このアルバムを聴く人それぞれの “今” を投影しながら味わうことができる。そんな作品なのだと思う。

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