それは大学での、とある講義だった。
セクシュアリティに関する授業だったのだが、担当教授はロックに相当な思い入れがあるようで、授業中に突然デヴィッド・ボウイやジョブライアスの話をすると暴走しだし、その時は思い切り学生を突き放していた。学生も学生で、それは「内職」に手を出せる都合の良い時間だった。
グラムロック大好き青年の僕は、教室の期待を背負って彼のロック話を長引かせるため、そしてその話が純粋に面白かったからなのだが、相槌などを打って熱心に聴いたものだ。
酷暑に見舞われたその日は、夏休み前の妙な高揚と試験勉強の準備のためで教室の雰囲気はいつもと変わっていた。試験前だけ現れるタイプの学生が、テスト範囲を聞き出そうと熱心に授業を受けていた。
あろうことかそんな時に、教授はロック話を始めてしまったのだ!
おもむろに彼の見せ始めたPVには、変な逆三角形の服を着た男が映っていた。なんだろう? 教室はざわめく。そして曲は転調し、白塗りの顔に黒い口紅を塗り頭をツンと立てたその男が、とんでもない裏声で歌い始める。
そして、耳に残る「ノ・ミ・ノ・ミ」の声。私を含めた教室にいる学生約30名、目が点である。教授はその反応を見てニタリと笑い、これが、クラウス・ノミの「ノミ・ソング」です。
教室一同、唖然であった。
徹底的なまでにドイツ語訛りの英語を使い、クラシックから、ポップソングまで強烈な実力と個性で歌い切る彼の悲哀を深く知ったのは、伝記映画『ノミ・ソング』と授業後に調べたネットからであった。
調べていくうちに、ネットでの、特に若い同世代の人気の凄まじさを感じた。ニコニコ動画という、比較的年齢層の低いユーザーが多い動画サイトでも、クラウス・ノミの動画は人気で「ノミたん」などと親しげにコメントされている。
しかし彼を単なるイロモノとしてでなく、真に魅力的なものにしているのは残酷にも、彼の悲惨な運命であった。HIV罹患者として、無理解と差別に苦しみ死んだ彼の歌う姿には、世代を超えて訴える悲痛さと真剣さがある。そしてその気迫こそ、「ロック」な何かなのだとも思うのだ。
2016.07.26
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