起死回生の大ヒット曲「め組のひと」
シャネルズからラッツ&スターへ。この起死回生のポイントで大ヒットとなったのが今年リリース40周年を迎える「め組のひと」だった。
1983年にリリースされた「め組のひと」は、令和の現在に至るまで、倖田來未をはじめ多くのアーティストがカバー。最近では、TikTokでもよく使われ、様々な振り付けで楽しむ若者が増えているという。まさに昭和、平成、令和と受け継がれ、時代に風化されない魅力が溢れた楽曲だと言える。
「め組のひと」のヒットには資生堂のCMソングに抜擢されたことをはじめ、様々な要因が重なったように思う。これまでのアメリカンオールディーズ風味の曲調とはひと味違うラテンフレーバーを兼ね備えた新たなアプローチがあったこと、「めッ!」とシャウトするフックの利かせ方や、ピースサインを目尻に持っていく決めポーズなど、幅広い層にアピールできるキャッチーさに溢れていた。
この「め組のひと」はラッツ&スターへと名前を変えた第1弾のシングルだった。作曲は当初依頼を受けた大瀧詠一の指名によりデビュー期から一連のヒット曲を手がけた井上大輔が担う。シャネルズからラッツ&スターへ。これは、彼らが本当のプロフェッショナルとして飛躍していく大きなポイントであった。
「め組のひと」に続きリリースされた「Tシャツに口紅」は、大瀧詠一が楽曲を手がけ、これまでの彼らの印象とは一味違う、アーバンな印象が醸し出されていた。同曲を収録した『SOUL VACATION』は、ラッツ&スター名義の最高傑作として今も高い評価を得ている。彼らがこのアルバムにたどり着けたのも起死回生の「め組のひと」で新たな音楽性を開拓して行こうという意識の高さにも起因していると思う。
”温故知新型” の新たな価値観を浸透させたシャネルズ
1980年、2月25日に「ランナウェイ」でデビューを飾ったシャネルズは、同曲をオリコンチャート1位に送り込み、瞬く間のスターダムに駆け昇る。顔を黒塗りにして、揃いのタキシードスーツを着たヴォーカル4人のスタイルはアメリカの古き良き時代へのオマージュとドゥーワップの継承に他ならなかった。恋焦がれるほど大好きな黒人音楽を80年代という、来るべき時代にどのように響かせるかというこのアイディアは、ユニークさとこれに相反するバンドの熱量と、まだ日本に浸透していなかったコーラススタイルの斬新さが大きな反響を呼んだ。
まさに過ぎ去った輝かしい時代に未来があるという ”温故知新型” の新たな価値観をお茶の間を通じ幅広い層に浸透させた。
「ランナウェイ」、「トゥナイト」、「街角トワイライト」、「ハリケーン」… と作詞:湯川れい子×作曲:井上大輔(「街角トワイライト」までは井上忠夫名義)というコンビが書き下ろしたシングルは順調にヒットを飛ばす。
当時は彼らが所属するエピックソニーの黎明期だった。創始者の丸山茂雄氏は、会社が一番苦しい時に稼いでくれたとして、シャネルズを “エピック三恩人” のひとりとして挙げ、感謝の気持ちを述べていた。
順調にヒットを飛ばすシャネルズは、6枚目のシングル「憧れのスレンダー・ガール」からバンド内でソングライティングを担うようになる。名を連ねたのは、作詞:田代マサシ×作曲:鈴木雅之。高校の同じクラスで席が前後だったふたりだった。
フロントマンのふたりがソングライティングを担った楽曲は、これまでのようなヒットには至らなかったが、バンドが持つ躍動感が如実に表れていた。
自身らがソングライティングを担うようになって低迷したかとの意見もあったと思うが、バンドのあるべき姿が発揮されていたとも思う。一連のヒットの後、82年からはメンバーそれぞれがアマチュア時代のように仕事を持ちながら並行してのバンド活動であり、ヒットを狙うというよりも、バンドが楽しくて仕方がないという純粋な気持ちを先行させ、パーティバンドの側面を持ちながら、媚びずに大好きなドゥーワップをどのように浸透させていくかという部分に一意専心しているかのようにも思えた。
彼らを象徴したラッツ&スターというネーミング
そして心機一転、ラッツ&スターと改名後の「め組のひと」でチャート1位に返り咲く。この期間の間に彼らの心情がどのように変化していったかを考えると興味深いものがある。
東京下町の工業地帯でバイクを乗り回していた不良たちが音楽の中に “誰にも譲れない価値観” を見出し、瞬く間にスターダムにのし上がる。戸惑いの中、芸能界のど真ん中に身を置き、一時期は原点に戻る。そして「め組のひと」の国民的ヒット。その後も音楽性を深めながら熟成した傑作アルバムをリリース。こんなストーリーを描けたのは彼らぐらいではないだろうか。
そして、何よりも “ラッツ&スター” というネーミングが秀逸だ。工業地帯の不良たち(どぶねずみ)がドゥーワップを手にして綺羅星のごとく輝くという意味合いもあり、また、どぶねずみとスターは紙一重という彼らの軌跡を象徴していたようにも思う。
そして、ストリートからの叩き上げのバンドは、「め組のひと」に出会うことにより、永遠の輝きを手に入れたのだ。
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2023.04.01