読み方さえ分からなかった横文字のバンド、L'Arc〜en〜Ciel
L'Arc〜en〜Ciel(以下、ラルク)というバンドを初めて知ったのは、忘れもしない1998年2月6日。なぜ日付まで覚えているのかと言えば、この日ラルクは新曲「winter fall」を引っ提げて『ミュージックステーション』に出演していたのだ。
音楽に興味を持ち始めたばかりの小中学生にとって『Mステ』は、お気に入りのアーティストが出ているか否かにかかわらず、毎週チェックするのがマストな番組だった。旬のアーティストたちが集う夢のステージ。そこに登場した読み方さえ分からなかった横文字のバンドに、私は雷に打たれたような衝撃を受け、その後今に至るまで夢中であり続けている。
この日のhydeはわざと髪をクシャクシャにし、白いYシャツと黒ネクタイを着崩した、まるで映画『シザーハンズ』のエドワード(a.k.aジョニー・デップ)のような出立ちをしていた。この格好が似合う日本人はそうはいないが、色白で小柄なhydeには不健康そうなファッションも抜群に似合ってしまうのだ。ブラウン管越しに感じた、胸が高鳴るような衝動。いわば一目惚れだった。
ただ、ルックスだけなら「カッコいい!」で完結していたかもしれない。問題だったのはこのバンド、肝心の音楽も視聴者の人生を狂わせてしまうほどの破壊力を備えていたのである。メンバーの中で最もラルクらしい楽曲を作るコンポーザーken作曲の「winter fall」は、透明感のあるメロディが魅力的な冬の名曲だ。雪の結晶を思わせる繊細で美しいサウンドは、ラルクの真骨頂とも言える。
この曲を “ラルク初体験” で浴びてしまったのだから、夢中になるのは不可避。今でもはっきり覚えている、これが私にとって、人生で初めてバンドを好きになった瞬間だった。
リスタートへの想いが込められた代表曲「虹」
程なくしてラルクはニューアルバム『HEART』をリリースした。前作『True』以来1年2ヶ月ぶり、活動休止とメンバーチェンジを経ての新作は “完全復活” という文脈で語られることが多いが、ラルクを知ったばかりの私にとってはこれが実質的なファーストアルバムと言ってもよかった。快進撃の端緒ともなった作品なので、初めてラルクに触れたのが『HEART』という人は多いのではないだろうか。
このアルバムに収録されているシングル曲は「虹」「winter fall」の2曲。前年10月に文字通りの復帰作としてリリースされた「虹」は、バンド名の日本語訳をそのままタイトルに付けたことからも分かるように、リスタートへの想いが込められた代表曲のひとつだ。今でもライブでイントロのアルペジオの音色が流れるだけで涙をこぼすファンがいるほど、メンバーとファン双方にとって特別な位置付けの一曲となっている。
この「虹」という新生ラルクを象徴する楽曲を、全10曲の折り返しにあたる5曲目に据えた本作は、幻想的で重厚なバラード「LORELEY」で幕を開ける。印象的なアルトサックスはhydeによる演奏で、本作を引っ提げてのツアー『ハートに火をつけろ!』では実際にhydeがサックスを吹いてみせた。
きらびやかな「winter fall」を挟み、3曲目はラルクにはめずらしいジャズを取り入れた意欲作「Singin' in the Rain」。昨年おこなわれた『L'Arc〜en〜Ciel 30th L'Anniversary LIVE』で実に24年ぶりに演奏され、往年のファンを歓喜させたことは記憶に新しい。跳ねるような軽快なリズムと、美しくもキャッチーなサビメロとのコントラストはラルクならではの芸術性といえよう。
しっとり浸ったのも束の間、続く「Shout at the Devil」は前作『True』収録「"good-morning Hide"」を凌ぐ、ラルク史上最速最強のロックナンバーだ。唸りまくるkenのギターもさることながら、yukihiroの正確さと力強さを併せ持った硬質なドラムプレイが本領発揮。途中に出てくるhydeのシャウトも聴きどころになっている。
ここまで4曲。ジャンルもサウンドもまったく異なる楽曲を多彩に繰り出しながらも、しっかりとラルクの世界観に落とし込んでくるあたりはさすがと言う他あるまい。本作の軸となるシングル曲「虹」を挟み、後半も「birth!」「Promised land」「fate」といった個性的な作品が並ぶ。いずれもシングルとして何ら違和感なく勝負できる秀作だ。
オーケストラをバックにした壮大なバラード「あなた」
小休止すら与えぬほどの勢いを保ちながら、アルバムはいよいよクライマックスを迎える。ラスト2曲はいずれもtetsuya作品。メジャーコードのポップスを得意とするtetsuya曲の存在が、重厚でモノトーンな本作のイメージに彩りを加える。
ラルク名義では初めてtetsuya自身が作詞に挑戦した「milky way」は、甘いメロディに耳がとろける極上のポップス。そして「あなた」はオーケストラをバックにした壮大なバラードで、現在に至るまでライブのトリを飾る定番曲となっている。後にリリースする「Pieces」「瞳の住人」と並ぶ “テッちゃん三大バラード” のひとつである。
駆け足で紹介したが、本作で際立つのはやはりアーティストとしての振り幅の広さだ。「これぞラルク」という王道を突き進んだ前作『True』と比べてジャンルも多岐に渡り、ともすると散漫にもなりかねないほど個性の強い楽曲群でありながら、1枚のアルバムとして絶妙のバランスで集約されている。
そもそも「虹」「winter fall」という強烈なシングル曲だけが目立つのではなく、自然の流れに収まっていることが奇跡に近いと言えるだろう。よくないアルバムの例として、シングルの存在感にアルバム曲が埋没してしまうパターンがあるが、『HEART』はさにあらず。「これぞ名盤」という捨て曲なしの構成には、ただただ圧倒されるばかりだ。
48分42秒でロック史を塗り替えた名盤「HEART」
当時、友達に借りたとか些細なきっかけで本作を聴き、ずぶずぶと “ラルク沼” にのめり込んでいったというケースは無数にあったに違いない。かく言う私も「winter fall」で興味を持ったはいいが、もしアルバムが期待に沿うものでなければ熱も冷めていたかもしれない。熱心なファンだけでなくライト層のハートを鷲掴みにしたことで、本作はCDの売上枚数、約155万枚という大ヒットを記録。今っぽい言い方をすれば遂にラルクが「覚醒」したという点で、本作はラルクのディスコグラフィにおいて最重要な1枚といっても過言ではない。
再生時間48分42秒。たったこれだけの時間でロック史を塗り替えた名盤『HEART』のリリースからちょうど25年が経った。日本の音楽シーンを鮮やかに染めた4色の虹は、今なお音楽界の最前線で輝き続けている。
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2023.02.26