連載【佐橋佳幸の40曲】vol.14
TOKYO FANTASIA / 山下久美子
作詞:湯川れい子
作曲:筒美京平
編曲:佐橋佳幸
弦編曲:服部隆之
編曲家、佐橋佳幸の才気をたっぷりと味わえる「TOKYO FANTASIA」 ギタリストであると同時に、佐橋佳幸は編曲家としても数々の作品を手がけてきた。日本の編曲家の場合、ピアノ / キーボード奏者出身が主流。もともとギタリストだった編曲家は珍しい。ましてや管弦アレンジまで自ら譜面を書くギタリスト出身の編曲家となると圧倒的に少数派だ。1990年代半ば、スタジオワークもライブサポートもこなす売れっ子ギタリストとして大いに活躍しながら、同時に編曲家としても頭角を表していた佐橋は、そんな意味でも異色の存在だった。
1996年12月にリリースされた山下久美子の「TOKYO FANTASIA」は、そんな佐橋の編曲家としての才気をたっぷりと味わうことのできる名曲だ。スウィートにドライヴするキュートな歌声を包み込む、飛翔感満点のポップサウンド。トム・ペティやジョージ・ハリスンらとの仕事でおなじみのプロデューサー / ミュージシャン、ジェフ・リンの片腕として活躍したエンジニア、リチャード・ドッドと仕事をした際、直々に伝授されたというジェフ・リン秘伝の音作りレシピを駆使した痛快パワーポップ・チューンだ。
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筒美京平と初めてがっつり組んだ思い出の作品 佐橋の “和製ジェフ・リン” アレンジといえば、累計売上187万枚以上を記録した福山雅治の大ヒット曲「HELLO」(1995年)が有名だが。その翌年にリリースされた「TOKYO FANTASIA」は、編曲家・佐橋にとって「HELLO」の続編、あるいは兄妹的な楽曲とも言えそうだ。
「イカ天審査員だったことでもおなじみ、グーフィ森さんという人がいまして。もともと福山雅治くんの「HELLO」もグーフィさんのプロデュース仕事だったんです。で、あの曲が大ヒットした後、グーフィさんから “またあの路線でアレンジしてくれないかな” という依頼があって。クミちゃん(山下久美子)とはすでに面識もあったし。詳しいことも聞かず、ふたつ返事で引き受けたの。で、“ちなみに作曲は誰?” って聞いたら、”筒美京平さんだ” と。うおーーっ! ついに来たか… と思いました(笑)」
「僕にとってこの曲は、アレンジャーとして京平先生と初めてがっつり組んだ思い出の作品でもあるんです。もちろん京平さんの曲を演奏する機会はそれまでにもあった。80年代にはアイドルのレコーディングでもたくさん弾いていたしね。でも、京平さんの作品をアレンジしたのはこの時が初めてだったはず。オファーを受けてしばらくしてご本人からのデモテープとメロ譜(メロディ譜)が届いて。それをもとにアレンジをしました」
佐橋のちょっとした “やらかし” とは? “サハシ流ジェフ・リン・サウンド” は上々の仕上がりになりそうだった。いい感じでレコーディング作業が進んでいたところで、ある日、スタジオに行くと何やらスタッフたちがざわざわしている。何事かと思っているとプロデューサーのグーフィ森から “今日、珍しく京平先生が来られる” と伝えられた。かつては作曲のみならず、アレンジやスタジオワークもすべて自ら手がけてることが多かった筒美京平だが、この当時はもう自ら現場に足を運ぶことはほとんどなくなっていた。
「なのに、わざわざスタジオまで様子を見に来てくれて。ものすごく異例なことだったみたい。でね、基本的には僕のアレンジをすごく喜んでくださったんです。けど、ここで僕、ちょっとした “やらかし” がありまして(笑)。実はひとつだけコードを変えた箇所があったの。本当にちょこっとしたところなんだけど、アレンジしている段階で、“こっちのほうが綺麗な進行になるんじゃないかな” と思ったところがあって。ふだんアレンジをしながら気付いた箇所を “こっちのコードのほうがいいんじゃない?” と提案することはよくあることだし。あの曲も1小節だけ、そーっとコードを変えちゃったの」
「そしたら、ベーシックの録音を聴きながら京平先生が、“サハシくんって言ったっけ? ここは僕のデモテープどおりに戻してもらっていいかな?” と。あちゃー、一発でバレてしまった… という(笑)。先生にとってそこは変えちゃいけないコードだったんだよね。それで、 “わかりました。こうですよね” “そうそう、こういうこと” みたいなやりとりをしながら、一緒に直していったの。それを見ていたグーフィさん、びっくりしてましたよ。京平先生が現場に来られて、しかもこういうディレクションまで自らやることなんて滅多にないことだよって」
60年代から最先端の洋楽を聴きまくり、それを日本の歌謡曲 / ポップスへと昇華させながら数多のヒット曲を生み出してきた作・編曲家、筒美京平。もちろん無類の音楽好きでもある。そんな筒美にとって若き佐橋のスタジオワークは興味深いものだったに違いない。
「最高の片想い WHITE LOVE STORY」の劇判を手がけた服部隆之との出会い そして、このレコーディングではさらにもうひとつの出会いがあった。
「その後、ストリングスのダビングをしたわけですけど。この曲もストリングスの譜面は全部自分で書こうと思ってたのね。いつものように。そしたらグーフィさんが、“ストリングス・アレンジは服部隆之くんのスケジュールを押さえてあるから” って。一瞬 “えーっ、僕に書かせてくれないの!?” と思ったんだけど。服部隆之くんの名前を聞いて、これも縁かなと考えたの」
「というのもね、福山くんの「HELLO」はフジテレビのドラマ『最高の片想い WHITE LOVE STORY』の主題歌で、その劇伴を手がけていたのが服部隆之くんだったんですよ。だけど、このレコーディングまで実際にご本人と会う機会が全然なかった。やっとご一緒できるなと思って楽しみにしていて、最初の打ち合わせの時にね、僕から “実は、僕、あのドラマの主題歌だった「HELLO」のアレンジを…” と自己紹介しようと思ってたんだけど。隆之くんのほうから先に “僕、佐橋さんが「HELLO」の編曲をしたドラマで劇伴をやったんですよ” って」
「しかも “あの曲の良さを壊さないようなスコアを書かないと… って思いながらやっていたんです” って話してくれたの。隆之くんは当時まだ若手だったけど、すでにかなりの超売れっ子で。映画音楽を手がけたり、ものすごくノってきていた時期。すごくいいストリングス・アレンジをしてくれました」
さらに、この曲の作詞を手がけているのは湯川れい子。子供のころ湯川がDJを務めるラジオ番組『全米トップ40』を聴いて育った佐橋にとって、湯川れい子&筒美京平という黄金のソングライターコンビと編曲家である自分の名前が並んでクレジットされたこともまたこの上なくうれしい経験となった。
キーワードは “エンヤ”で一致した、歌手 クミコのシングル曲 「それから何年かして、京平さんが歌手のクミコさんのシングル曲を書いた時にも、再びアレンジをさせていただきました。ちょうど僕が、松本隆さんのイベントでお手伝いをさせてもらったりしていた頃でね。この時は松本さんから、“クミコさんのシングルを京平さんと作ることになったんだけど…” とご連絡をいただいたの。この時のアレンジも面白かったな。「TOKYO FANTAIA」の時と同じように、曲のデモと譜面が送られてきたんだけど」
「デモを聴いたらね、なんていうか、その、ひとことで言って “エンヤぎりぎり”(笑)。あまりにもエンヤだったの。このまま素直にアレンジしたらまるっきりエンヤになっちゃうよ… みたいな。どうしようかな、そのままエンヤにしちゃっていいのかなー、いや、それはアウトだよな、うーん… と、デモMDを聴き終わった後、再生ボタンを止めるのも忘れて考え込んでいたんです。そしたらね、突如、エンヤの歌が聞こえてきたの。どういうことかというと、京平先生が作られたデモ音源の後に、なんと、ホンモノのエンヤの曲が入ってたんです(笑)」
「たぶん “こんな感じにしたいんだよね” という先生からの参考資料というか、メッセージだったと思うんだけど。まぁこの段階で、気持ちとしては僕も京平先生もキーワードは “エンヤ” ということで一致したわけですよ。ただ、これをハープとかヴァイオリンのピチカートのサンプリングとかを使ってふつうにエンヤっぽく作ったら、まんまになっちゃうからさ。悩んだ。で、結局、僕の盟友・プログラマーの石川鉄男くんが頑張ってくれてですね、サンプリングと僕のアコギをうまく混ぜたりしながら、エンヤというイメージはありつつも、ぎりぎりエンヤにならないような絶妙な感じに仕上がりました(笑)」
筒美から野口五郎への最後の提供曲「再会タイムマシン」 VIDEO 2020年に逝去した筒美との最後の仕事は2015年、野口五郎の「再会タイムマシン」。つんく♂ 作詞・作曲「Rainy〜会えない週末」との両A面としてリリースされたデビュー45周年記念シングルの曲で、作詞は秋元康。「青いリンゴ」「グッド・ラック」ほか数々の名曲を手がけてきた筒美から野口への最後の提供曲であり、筒美自身にとっても生前に発表されたものとしてはこれが最晩年の1曲となってしまった。佐橋は筒美から直々の指名によってこの曲の編曲をまかされた。
「京平先生は21世紀に入ってからほとんど曲を書いていなかった。でも、45周年ということで五郎さん自ら、京平先生に曲を書いてもらえませんかとお願いしたそうなんです。そしたら “もう曲は書けないけど、ゴロウちゃんに合う曲があるよ” みたいなことをおっしゃってストック曲の中から出してきてくれた曲なんだ、と五郎さんが当時教えてくれました。でね、光栄にも京平先生が僕のこと覚えててくださっていて、“アレンジはあのコがいいんじゃないか” と言ってくださったらしいんです。この曲、CHICとかが流行していた頃に作ったらしいんですよ。それだけに、ちょっとナイル・ロジャースっぽいテイストがあるから、この曲ならばギタリストのアレンジャーがやったらいいと思うとおっしゃったんだって。そもそも五郎さんもギタリストでしょ。それでこの曲が合うと思うと考えたわけで。だからギタリストでもある僕にアレンジの依頼が来たわけです」
佐橋に愛弟子・野口五郎の作品を託した筒美京平 前年の大ヒット曲「HELLO」を編曲した実績をきっかけに、「TOKYO FANTASIA」で実現した筒美京平との縁。そこでギタリストとして高い評価を受け、編曲家としても(コードをこっそり変えたりもするけれど…)優秀な働きを見せた佐橋に、筒美京平はやはりギタリストでもある愛弟子・野口五郎の作品を託したというわけだ。
「それまで五郎さんとも面識はなかったんだけど、僕はもう、『カックラキン大放送!!』の昔からずっとテレビで拝見していたし。五郎さんのほうもギタリストということで、僕の存在を知ってくれていたんです。五郎さんもめちゃめちゃ音楽好きな方だからすぐに意気投合して。アレンジに関しても、最初の段階から “これ、打ち込みでCHICっぽくしちゃいましょうよ。僕、ナイル・ロジャースっぽいリフを何か考えますから” “いいね、そうしよう!” みたいな感じで相談しながら作っていった」
「で、五郎さんが “間奏のギターソロはどうするの?” って言うから、“五郎さん、弾いてくださいよ” って言ったの。だって五郎さん、僕が子供の頃からテレビの中でばりばりとエレキギターを弾いていた人なんだから。そしたら、最初はちょっと遠慮されて “えっ、佐橋くんが弾けばいいじゃん” とかおっしゃってたんだけど。“いやいや、ここは五郎さんが…” と言ったら、“いいの? 本当に僕が弾いていいの?” と、けっこうまんざらでもない感じで弾いてくれた。やっぱ、ここはセンパイに登場していただかないと、ね(笑)」
次回
【小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」あの超有名イントロ誕生の秘密】 につづく
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2024.02.17