一から十まで、すなわちリズム録り(ドラム、ベース、サイドギターなどの基本リズム要素の録音)からカッティング(プレス用の版型を作るためレコードの溝をカットする工程)まで、約40日かけてすべてニューヨークで敢行した山下久美子のアルバム『Sophia』。
私にとって、この仕事はひとつの山でした。なんとか登り終えて帰ってきてみると、なんだか放心状態で、次は何をやったらいいのかよくわかりません。しかし『Sophia』の発売は1983年7月26日。年内には何かシングルでも出しておきたい、というのが暗黙のロードマップでした。考えなくては……。
この頃とても流行っていたのが “ポリス” の「見つめていたい(Every Breath You Take)」です。単純ですが、クリスマスシーズンに、こんなふうにしみじみと胸に染みるようなラブソングがいいのでは? と思いました。ゆっくりとした8ビートで。
そうだ、『Sophia』のサウンドプロデュースをしてもらったヒュー・マクラッケンに曲を作ってもらえるといいな。そしたらストーリーもつながるし。
さっそく連絡をしたら、快諾してくれました。
ただヒューは、ギターやハーモニカは名手だし、アレンジ力も見せてもらいましたが、作曲力については未知数です。彼が作った曲をまだ1曲も聴いたことがありませんでした。そこで押さえと言ってはなんですが、大沢誉志幸くんにも依頼しました。
やがて二人からカセットテープが届きました。今回は詞は後で作る、いわゆる “曲先” なので、“ラララ” で唄ったメロディと簡単なオケだけのデモテープです。二人とも、依頼通りの、スロウ8ビートでしみじみとしたメロディでした。心配していたヒューの曲も、出だしでしっかりC→E7の “胸キュン進行” をしていて、悪くありませんでした。大沢くんの曲もよかった。
しかしその時は、どちらの曲もヒットポテンシャルは少ない、と思いました。どちらかと言うと大沢くんの曲のほうがいいとは感じましたが、決して大きな差だとは思いませんでした。久美子本人とも相談し、“ストーリー” のこともあるので、ヒューの曲を採用することになりました。
詞は三浦徳子さんにお願いしました。なぜ三浦さんだったのか。経緯はどうも思い出せません。久美子の曲で三浦さんに書いてもらったのはこれだけなんですが(※註)。
アレンジは大村雅朗さん。彼はこの頃最も好きなアレンジャーだったので。
「Lovin’ You」とタイトルがついたこの曲は1983年12月1日に発売されました。大沢くんのほうはお返ししました。そしたら翌年この曲を、彼が自ら唄ってシングルとしてリリースしました。銀色夏生が詞を書き、同じく大村雅朗さんがアレンジをした「そして僕は途方に暮れる」です。
大沢くん自身がインタビューに応えて語っているところによると、最初は鈴木ヒロミツさんに提供して(似合わないと思うけどなぁ)、採用されず、次にわれわれに聴かせてくれたようです。Wikiの記述だと鈴木雅之さんにも渡したことになっていますが。
「Lovin’ You」はヒットはしませんでした。
「そして僕は途方に暮れる」はご存知のように大ヒット。そして名曲として歴史にその名を刻んでいますね。
曲の可能性を嗅ぎ取れずにボツにした、私の不明さを物語るエピソードというわけですが、果たして山下久美子が唄っていたらどうだったのでしょうか? シンガーが違い、歌詞が違えば、それは別物です。ヒットしなかったかもしれません。そして山下久美子でリリースしていたら、大沢くんは出さなかったでしょう。逆に、ヒューの曲を、カーリー・サイモンとかが唄って、グラミー賞なんかとってたりして……。
やはり、われわれがボツにしたことで、大沢誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」が誕生したことを、静かに喜ぶべきでしょう。
※註:
私が音楽ディレクターとして担当した範囲(デビュー〜7th オリジナル・アルバム『アニマ・アニムス』)で、ということです。8th オリジナル・アルバム『and Sophia’s back』収録の「He’s a Lonely Guy」も三浦さんの詞であります。
2018.02.10
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